杯に誓う
2009.11.12
九郎生誕記念SSその5。
- 九郎×望美
最初は和やかに食事を食べていた九郎の誕生日を祝う宴も、時を経るにつれて酒盛りの色合いが濃くなっていった。これは参加者の大半が男だから当然の流れでもある。譲もそうなる事を分かっていてか、後から運ばれてくる料理は酒のつまみになりそうなもの、そして女性陣が喜ぶ甘味類へと移り変わっている。
「ところでお前、元から知っていたんだろう」
「何のことですか?」
突然の問いに軽く瞬く弁慶へ、九郎は酒を煽りながら言葉を継ぐ。
杯を重ね、九郎の頬はほんのりと酔いで紅く染まっている。互いに酒を注ぎ合う弁慶の頬も、九郎ほどではないがうっすらと上気した色を含んでいた。
「ここへ来る前に話していたことだ。望美が俺を六条堀川まで迎えに来たこと」
「ああ、あれですか。いいえ、全く知りませんでしたよ」
優雅な所作で杯を口元へ運びながら、弁慶は否定する。
「僕が言われていたのは、九郎がこの邸へ来たら僕のところへ行かせるので、適当に引き止めておいて下さいって言うことだけです。ちなみに移動許可の合図すら『見れば分かるから』としか言われなかったんですよ」
ちなみにその合図は、屋根に上った敦盛と言う、確かに『見れば分かる』ものだった。
「本当か?」
「疑り深いですねぇ。望美さんに聞いてもらってもいいですよ? ――ねぇ、望美さん」
「はい?」
九郎の肩越しに望美へと弁慶は声をかける。
朔と何事か語り合っていた望美は、訝しげに弁慶たちの方を振り向いた。
「なんですか、弁慶さん」
「今日、君が――…」
「い、いや! なんでもないぞ」
口を開きかけた弁慶を制し、九郎は大きく首を左右に振る。
「は?」
「気にするな!」
「九郎」
弁慶が名を呼ぶのも意に介さず、九郎は必死に弁慶の言葉を遮った。
「なんでもないんだ、うん」
弁慶の刺すような視線を背中に感じながらも、九郎は望美へ懸命に言葉を向ける。やがて、どうでもいいかぁ、という投げやりな表情を浮かべ、望美が頷く。
「変な九郎さん。ま、いっか。いつもの事ですしね」
さりげなく酷い事を言いつつ、望美は再び朔との会話に戻る。
「……全く。止める位なら、僕の話を疑うのはやめて下さいね、九郎」
「面目ない」
しょんぼりと項垂れる様子に、弁慶は笑いを堪えるのに必死である。
そもそも九郎を迎えるための準備を皆がしていたのだから、首謀者の現在地は、間違いなく共有されているはずである。つまり部屋に籠っていた弁慶が知らなかっただけで、その時邸にいた他の八葉たちは、望美が九郎を迎えに行ったことを全員知っていると思って間違いないのだ。
そんな簡単なことすら気付けないくらい、望美と二人でいた時間を知られたくないのか。それはきっと、照れくさくも恥ずかしいからなのだろう。
(苛めすぎましたかね)
一応友情の発露なのですけどね、と弁慶は呟く。
(でも九郎に疑われたのは、微妙に腹が立ちますね)
色々常人には分かりにくい曲がりくねった愛情を抱く弁慶は、九郎の肩をぽんぽんと慰めるように叩いた。
「とにかく、今日は素直に宴を楽しむといいですよ。軍の事もたまには忘れて」
「忘れる事など出来ん」
鹿爪らしく応じる九郎に、弁慶はわざとらしく溜息をついてみせた。
「そういうと思いました。――ここに一つ薬があります」
手妻のように、ひらりと手の中に煎じ薬の包みを乗せる。
「は?」
「これは『楽しくお酒を楽しむ事が出来るようになる薬』です。――――――ええ、多分きっと、恐らく」
「ちょっとまて、その後半の胡散臭い言葉は一体なんだ!」
「君はいけない人ですね。細かい事は気にしてはいけませんよ」
生真面目な顔で告げ、包みをそっと開く。
「そうですね、ちょっと記憶があやふやになる位じゃないかな。唐渡りの薬で、僕も試したわけじゃないので効果ははっきりと分からないのですけど」
「べ、弁慶……?」
九郎の顔がすうっと青く染まる。
「宴を楽しむために――あと、僕の知的好奇心を満たすために、飲んでくれませんか?」
女性なら見惚れる事間違いなし、の笑顔で弁慶は手を差し伸べる。ほっそりとした指先が向かうのは、九郎の杯の上。
「お前、絶対それ後半の方が主目的だろう!」
「まさかそんな。九郎のためを思ってです」
今宵、君が心置きなく楽しい時間を過ごせるようにと思って、と弁慶は微笑む。酒の力も相まってか、凄艶な色気が目元に漂う。だがしかし、残念ながら九郎は弁慶の顔なんか見ちゃいない。ただ一点、彼が見つめるのは、怪しい薬を握る弁慶の手元のみ。
「嘘だ! 断る、断固として断るぞ!!」
己の酒盃を手で覆い、怪しい薬を入れられないようにと逃げる体勢で九郎は叫んだ。
「では、ちゃんと宴を楽しんでくれますか? 軍の事は忘れて」
「忘れる! 忘れるから、その物騒なモノをとにかく仕舞え! そして二度と出すな!!」
「仕方ありませんね……今日は諦めてあげます」
小さく溜息をつき、弁慶は開きかけた薬包を閉じると懐へと仕舞い込んだ。
「明日も明後日もずーっと忘れていいからな。というか、お前酔っているだろう」
項垂れるようにして呟いた九郎へ、弁慶はきらきらと輝く微笑を向けた。
「嫌だな、これくらいの酒で酔うわけないじゃないですか」
ふふっと笑う弁慶の後ろには、乱立する空の酒瓶が、たぶん二桁は並んでいる。
「……お前が酔いを自覚できるようになるまで、暫くお前の酒は飲まん!」
そんなわけで、これ以降、弁慶と酒を飲むとき、九郎は必ず手酌で飲むようになったとか。
- END -
||| あとがき |||
ブラック弁慶はここにつながるのでした。黒っていうより、酔っ払い男現る、かもしれませんがっ。
仲良しさん(?)な二人を書きたいなぁ、と思っていたのですが、普段の更新ではなかなか難しいので、こんなところに埋め込んでみました。
ちなみに唐渡りの薬は、ヒノエ経由で仕入れたに間違いありません。(万能の地、熊野万歳!)

