その手を預けるのは

2009.11.11
九郎生誕記念SSその4。秋の京で、一応、九郎×望美がベースだけど今度は望美が出てこないという(略)

- 九郎×望美


「将臣はいるか?」
 そんな声と共に御簾を通り抜けてきたのは、橙の長い髪を揺らした青年だ。
 だらりと手枕で寝転がっていた将臣は、肘をついて半身を起こしながら返事をする。
「ん? 九郎どうした」
「すまんが、もし暇ならば剣の手合わせを頼めないだろうか」
 小さく掛け声をかけて起き上がり座りなおした将臣の前に腰を下ろすと、姿勢を糺しつつすまなさそうな表情で口を開いた。言われた方の将臣は、珍しい事を聞いた――といわんばかりに軽く目を瞠り、やがて、がしがしと自分の髪をかきながら、眼前の青年へ反問した。
「別に稽古につきあうくらい構わねぇけど、俺よりリズ先生や望美とやる方がいいんじゃねーの? 俺と九郎だと、微妙にエモノの種類が、相性よくない気がするんだけどよ」
 将臣の剣は相手を両断するような、いわば武器の重さと、それを軽々使いこなす剛腕に物を言わせた戦い方だ。花断ちや剣舞のような、身の軽さと緻密な剣技を生かして戦う九郎とは、まったく異なる動きである。
 実に尤もな疑問だったが、九郎から返って来たのは将臣の想像しない答えだった。
「俺もそうは思う。だが、何故か二人とも居らんのだ」
「はぁ?」
「朔殿に聞いても望美の所在は知らぬようだし、リズ先生は敦盛と過ごされる事が多いからと確認してみたが、今日はお会いしてないとのことだった」
 浮かない表情で言葉を継ぐ九郎を、将臣はまじまじと見つめた。
(あー、なんだこのツラ。なんか見覚えあるっつーか、何かに似てるんだが……なんだっけかな)
 内心で考え込んでいたので、返答は自然と適当なものになる。
「……あー、そうだな」
「将臣、何か心当たりでもあるのか!?」
 九郎の声に意識を取り戻した将臣は、そのぱっと輝いた表情に、自分が何を想起したのかピンと閃いてしまった。
(置いてきぼりくらった犬か!)
 そう思いついてみれば、ふとした仕草で揺れる長い髪も、犬のふさふさとした尻尾に見えてしまうのだから、将臣の思考も大概単純である。
 いやぁ~すっきり、と内心で思うが、問題はそこではなく、目の前で期待のまなざしを向ける男の方だ。
(やっべ、たぶん望美は宴の準備をしてるんだろうけど、バラしたら殺されるしな)
 何を言って誤魔化そうかと考えるが、咄嗟に思いつくわけないのである。仕方ないので、真顔ですっぱりと首を左右に振る。
「いや、無い」
「……将臣」
 咎めるような響きを含む言葉を介せずに、将臣はからりとした表情で笑う。
「どうせ望美の事だから、ふらふらと外を歩いてるんだろうさ。あまり気にするとハゲるぜ」
「ハゲるとはなんだ」
「……通じねぇのか。禿頭って言やぁ分かるか? アレだ、法王みたいな頭」
 喩えを出せば、流石の九郎にも通じたらしい。苦虫を噛み潰したような表情になり、暫し顎に手をあてて考えた後、ややあと口を開く。
「なぁ将臣。考える事と、禿頭になることには何か因果関係があるのか?」
「ん? 考えるっていうか、一つの事に思い悩みすぎると、なのかな。俺の育った世界では、そういう風に言われていたけど」
「ふむ……。ではお前の世界に軍師がいたら、同じような事を言われてしまうのだろうな」
 九郎がぽつりと呟いた言葉に、将臣はとある人物を思い出し盛大に吹きだした。
「く、九郎、まさか弁慶のこと――」
「な――!」
 己の失言に気付き、怯えた視線を御簾の彼方へ向けながら、九郎は慌てて将臣の口を塞ごうとする。
「将臣! 駄目だ、それ以上は言うな! 壁に耳あり、簀縁に弁慶ありと言うだろう!!」
「あぁん? そんな嘘っぽい諺ねーよ」
「諺ではない、ただの事実だ」
「……どんな軍師様だよ、おい」
 肩を竦めつつも、将臣は九郎の手を逃れ、ぴしりと彼の額を指差して宣告する。
「お前、弁慶がハゲると想像しただろう」
「そそそそ、そんな事は無いぞっ! あの布で頭を隠している事に、他意はないはずだ!」
 真っ赤になって否定するが、言葉の内容はより一層酷い事になっている。将臣は腹を抱ええて笑いながら、九郎の言葉に指摘を入れる。
「お前ね~、俺でもそこまでは言わないぜ?」
「くっ……」
「やばいな、俺、暫く弁慶を見た途端に笑い出しそうだぜ」
 散々笑い飛ばした後、将臣は寝崩れた服を直しながら立ち上がる。
「まぁいいぜ。身体でも動かしゃ気分も変わるだろ。付き合ってやんよ。その代わり、失言を黙っとくことコミで一つ『貸し』だぜ」
「何をさせる気だ」
 じろりと見上げる九郎に、将臣は安堵させるように笑いかける。
「今は秘密だ。大丈夫だって、望美や弁慶のように無茶な対価は言わねぇからさ」
「それはそうかもしれんが」
「だろ? やるなら早くやろーぜ」
 将臣の促す言葉に、少し九郎は躊躇ったが、結局は頷いて立ち上がった。
「……ああ。では頼む」
「オッケー。そこの庭でいいんだろ? 武器取ってくるから、先に行っててくれ」
 ようやく彼らしい笑顔を浮かべた九郎に頷いて見せると、将臣は彼へ先に行くよう促し、己の太刀を取りに行く。室内で使うには将臣の太刀は長すぎるため、京邸にいる間は小刀程度しか持ち歩いていないのだ。福原にいた時などに比べれば、考えられないほどの軽装だが、それでも武器は手放せないのが、いまの京という土地である。
(って言っても、本当は『武器を手放せない日々』っての自体、不思議ではあるんだけどな)
 この世界で暮らした日々は、将臣の人生で半分どころか五分の一にも満たないほどの長さだ。しかし、かつて握っていたボールペンやシャーペンといった筆記用具よりも、筆書きの文字の方が自然に見えているし、高校の休み時間に遊んだ野球のバットよりも、いま手にしている太刀の方が、しっくりと手に馴染んでいるのだ。
 何度も欠け、その度に打ち直してきた太刀は、かつての自分だったら十分と持っていられなかっただろう。伸びた背と同じだけ蓄えられた筋肉は、将臣の見えない傷のようなものだ。
 三年前の自分と比べれば、自身の力で持てるものは格段に増えたが、代わりに失ったものも――これから失い行くもの含め――同時に沢山あった。
 今頃どこかで、九郎のための宴の準備に奔走しているであろう幼馴染を思い、将臣はひっそりと呟く。
「大事な幼馴染を預けようっていうんだから、ちょっとくらい無茶な『対価』を望んだって構わねぇよな」
 望美が今、誰に最も心を傾けているのか。
 生まれたときから共に過ごしてきた仲だからこそ分かる。
 眩しそうに九郎を見つめる視線は、ふとした弾みに砂糖菓子のように甘い色を帯びる。気付いているものは殆ど居なくても、自分と譲だけは分かってしまうのだ。それは自分たちが、同じ視線を彼女へ向け続けていたから。
(今の俺は、お前に全てを捧げる事が出来ない)
 鎧の紐を締め直した将臣は、先に庭で待つ九郎へと歩み寄る。
 背筋をぴんと伸ばして立つ男は、将臣の足音に気付いて振り返った。太陽のような笑顔を受けて、将臣の頬にも笑みが刻まれる。
 共に過ごした時間は短いけれども、このどこまでも純真で、真っ直ぐな瞳を持つ男ならば、必ず望美を守ってくれるだろうと素直に思えた。天地の青龍と言う絆が、それを確信させるのかは分からない。ただ、彼は己の直感を大事にしていたし、それに従って失敗した事は殆ど無かった。
(今回も、ハズレないって信じてるぜ)

 伝えることのない自分の想いは――全て、彼に託す。

- END -

 

||| あとがき |||

普段書かない人を書くと、どんなふうに喋ったっけ? 一人称なんだっけ!? とかドキドキします。…なんか雰囲気合わなかったらゴメンナサイ。

さて、前日譚はこれで終わりで、次からは後日譚…というか、本編SSより先の時間軸になる話に戻ります。

以下、途中に捏造した九郎セリフの言い訳を。
「壁に耳あり」の由来ですが、「詩経」に『君子無易由言 耳属于垣(君子、易く言を由うること無れ、耳、垣に属けり)』という文章があります。これが壁に耳あり、の語源ではないかと言われているようです。
また平家物語にも『此事よしなし。壁に耳あり、おそろしおそろし』という文章があるそうですので、この時代の人も知っていて不思議は無い…はず!
いや、あくまで推測ですけどね…(笑)。

ちなみに「壁に耳あり、簀縁に弁慶あり、天井裏に熊野烏あり」でもいいかもしれません(マテ)。


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