視線の向かう先

2009.11.10
九郎生誕記念SSその3。「絆への言祝ぎ」に先立つお話…だけど九郎が出てこない…。

- 九郎×望美


 九郎の誕生祝いから、さかのぼること十日余り――。

「おや、望美さん。こんに――…」
「弁慶さん、すみません、ちょっと来て下さい!」
 門前で待ち構えていた望美は、弁慶が挨拶を口にするより早く彼の腕を引っつかみ、ずるずると庭の方へと引っ張って行った。
「望美さん、一体どうしたんですか?」
 流石の弁慶も驚いて、庭の奥まったあたりでようやく足を止めた望美へ問いかける。
 きょろきょろと周囲を見渡し、誰も居ない事を確認してから、ようやく望美は弁慶に向き直った。
「あの弁慶さん、実はヒミツで相談したいことがあるんですけどっ」
「君が相談とは珍しいですね。どうかしましたか?」
 胸前で手を組んだ望美の姿に、弁慶は「ああ、今日もこの人は可愛らしいな」などと考えながら爽やかな笑顔で応じる。
 考えるついでに、ぽろっと言ってしまうのは別に作為でも何でもなく、たぶん素直な好意の発露だと思う。しかし三回に一度の割合で「ヒノエくんみたいなこと言わないでください!」と言われるので、軍師様は少々ご立腹だった。僕の方が年長なのだからヒノエの方が模倣なのですよ――とのことだが、望美からすれば両方まとめて『熊野組め!』の一言で終わる内容なので、どっちが先達か、なんてのはどうでもいい。
 そんなことはさておき。
 弁慶は問いかけと共にさり気なく互いの距離を詰め、望美の事を己が身に纏う外套の中へと抱きこんでいた。ちょっと不思議そうに望美の視線が向けられるが、声を低く潜めて「密談なのでしょう? 隠れないと」と問えば、納得の頷きが返って来た。
 別に周囲に人は居ないので、そんな必要などこれっぽっちももないのだが、隠れないといけない――と思わせてしまうような真摯な口調に、すっかり望美は騙されている。
 実に抜け目のない、いや、詭弁が巧みな男である。
「相談はですね、九郎さんのお誕生日を祝いたいって話をしたじゃないですか」
「ええ、聞きましたね。それがどうかしましたか?」
 望美が、九郎以外の仲間を集めて相談事を持ちかけたのは昨日のことだ。
『姫君にそこまで想われる九郎が妬けるね』
 そう言ったのはヒノエだったが、多かれ少なかれ、彼女の八葉たちが同じことを考えたのは事実である。確かに望美は、対外的に九郎の許嫁ということになっていたし、実際とても仲がいい。リズヴァーンを同じ師とする弟子としても、戦場を共に駆ける同志としても。
 ただ、そこに恋愛感情があるのかどうかは、よく分かっていなかった。
(九郎は間違いなく、彼女に惹かれているのですけどね)
 口に出すことはない。それでも、向けられれる視線の端々に感じ取れる、ひそかな恋情。それは同じ思いを抱えるからこそ、気づいてしまう類のものだ。
『だって八葉の仲間だもの、お祝いしたいの。駄目かな?』
 友情を強調しながらも薄く染まった頬は、隠された想いを綴っているように見えるのだと――弁慶は密かに苦笑する。
 困ったように皆を見たわす望美へ助け船を出したのは、やはりというか、予想通りに謙だった。
『――そうですね。九郎さんも最近忙しそうですし、たまには息抜きをしてもらうのもいいかも知れません』
『そうだな。私も譲の意見に賛成だ』
 控え目に敦盛が同意を示し、そのあとは次々と肯定の意見が続き、祝宴を開くことが決定したのであった。
「料理は謙くんが引き受けてくれたんでいいんですけど、どうせなら九郎さんの好きなお酒があれば、それを用意したいなぁって思って。男の人ってお酒があった方がいいんですよねぇ?」
「皆、酒好きですしね」
 水を飲むように酒を煽る面々のことを思い出し、弁慶は頷く。
 九郎、景時、そして将臣の三人は『底なし』に近いし、あの細い体でヒノエや敦盛もかなりの量を飲む。リズヴァーンが量を過ごすのは見たことがないが、かなり強いだろうとは思っている。
 ちなみに白龍は神様なので、普通の酒は嗜まない。だが『人の子の祈りが籠ったものは美味しいね』などと言いつつ御神酒を喜んで飲んでいるから、一応飲酒組になるだろう。だから、多分酒を不要とするのは譲と朔、そして望美くらいだ。
「じゃあやっぱりあった方がいいですね。弁慶さん、九郎さんの好きなお酒を知りませんか?」
「そうですね……」
 弁慶は望美の肩を抱くのとは逆の手を額にあてる。
「特に好き嫌いなく飲むとは思うのですが。……ああ、そういえば、夏に熊野へ行きましたよね。勝浦の宿で飲んだ酒は旨かったと言っていた気がします」
「じゃあヒノエくんに聞けば分かるかな?」
「恐らくは。ああ、僕がヒノエに確かめておきますよ」
 君は他の準備でも忙しいでしょう、と柔らかく笑いかければ、望美の頬にぱっと明るい色が浮かぶ。
「いいんですか!? ありがとうございます、弁慶さん!」
「いえいえ、他ならぬ君の願い事ですからね」
 感謝を示してか、無邪気に抱きついてきた望美の背を抱きなおした弁慶は、望美に見えないようにしてほんのりと黒い笑みを浮かべる。
「……君をヒノエのところへ行かせると、面倒ですからね」
「ん? 何か言いましたか?」
「いいえ、当日が楽しみですね、と言っただけですよ」
 ぴょこんと顔を上げた少女へと、弁慶はゆったりと微笑んでみせる。対・白龍の神子専用の営業スマイル――普段の黒い成分を完全漂白した、輝ける笑顔である。ヒノエや九郎が見たら、背筋が寒くなること請け合いの甘ったるい表情だが、残念ながら神子へは殆ど通用していない。そして弁慶にも負けぬほどのきらきらとした表情で、望美は小さく拳を握ってみせた。
「私も楽しみです。いいお祝いにしましょうね!」
「――はい、君のために頑張りますよ」
 敗北と時間切れを悟り、弁慶はするりと腕を解いて一歩退く。
「では、ヒノエのところへ行ってきますね。取り寄せるにしても、時間がかかるでしょうから」
「そうですよね。宜しくお願いします。あ、そうだ。このお礼は今度しますから、なにがいいか考えておいて下さいねっ」
 ひらりと手を振って走り去る望美を見送ると、弁慶も踵を返し、彼の甥が居るであろう室へと歩を向ける。
「お礼ですか……。ふふっ、何をしていただこうかな?」
 望美の気質からして『お礼を』と言い出す事は、彼の中で既定路線だった。
 だからこそ、ヒノエの元へ行かないように遠ざけたのである。
(どうせあの甥っ子も、僕と同じ事を考えるでしょうしね)
 禍の芽は先に摘んでおかないと。
「九郎だけに、おいしい思いはさせませんよ」
 当然、彼女からの礼を物品で受け取るつもりなどのない弁慶は、後日訪れるであろう時間を楽しみに、思いを巡らすのであった。

- END -

 

||| あとがき |||

とりあえず黒い弁慶を書いておこうと思ったんです。本編の、薙刀で九郎を突き飛ばすだけでも十分だと言われればそれまでですが、一応、ブラック弁慶であることは、続きへの伏線……かもしれません。


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