絆への言祝ぎ-後編-

2009.11.09
九郎生誕記念SSその2。<「絆への言祝ぎ-前編-」の続き

- 九郎×望美


 不機嫌さを隠さない九郎を従え、弁慶はことさらゆっくりと歩を進める。
「なぁ弁慶。どこまで行くんだ」
 既に三度目ほどになる問いかけへ、弁慶は溜息で返す。
「ですから、ついて来れば分かると何度も言いましたよ」
「それでも知りたいと思ってはいかんのか!」
「駄目です」
 すっぱりと切り捨て、弁慶は角を曲る。
 落ち着いてみれば、すぐ近くに八葉の皆が――そして白龍の神子がいる気配が、九郎ならちゃんと分かるだろうに、どうやら頭に血が上っているようで、全く気付いていないらしい。
(本当に九郎は面白いですね)
 素直すぎるのも考え物だ、と常々思うが、やはり九郎の真っ直ぐな気質は、物事をひねくれた視線でしか捉えることの出来ない自分には、心地よく感じるものでもある。
(まぁたまには苛立ちもしますけどね)
 憧憬と、仄かに混じる嫉妬。
 ないものねだり、という言葉が一番近いだろうか。
(特に今日は、本当に君が羨ましいですよ)
 ふ、と目を細め、弁慶は足を止める。
 それは目的の室の前。
「九郎、着きましたよ」
 一歩退き、室の入り口を手で示して促す。
「どうぞ?」
「弁慶は入らんのか?」
「入りますけど、お先にどうぞ」
 再度促すが、九郎は胡散臭いものを見るように弁慶を睨みつけた。
「何故、俺を先に入れようとする」
「特に何もありませんが」
「嘘だ」
「なんでこう疑り深くなってしまったかな。確かにたまには物事を疑いなさい、と軍議の席では言いましたが……これは僕の不徳でしょうかね」
 額に手をあてて嘆いて見せるが、九郎の表情は変わらない。
 ちら、と九郎を見遣った弁慶は、大きく息を吐き、諦めたように入り口の戸へと手を伸ばした。
「仕方ないですね――」
 がらり、と戸を開き。
「――いいから、中に入りなさい…っ」
 そして弁慶は、どこからともなく取り出した薙刀の柄で、九郎の背を思い切り突き飛ばしたのだった。
 

 不意打ちを喰らった九郎は、よろめく様に数歩前へ進み、室内へと歩を踏み入れる。
「くそっ、弁慶何を――!」
 痛む背に手をあてながら顔をあげれば、視界の先に居るのは仲間たちの姿。
「な、んだ?」
 ずらりと並び、その中央に立つのは白龍の神子。手にはなにやら筒状のものがある。
 望美はそれを九郎の頭上へ向け、手元の紐を引っ張りながら上機嫌な声で叫んだ。
「九郎さん、お誕生日おめでとうございます!!」
 語尾に重なるのは、小さな爆発音のようなもの。思わず身構える九郎だが、降り注いだのは大小さまざまな花びら。
 淡い香りを漂わせながら広がる花吹雪の中、九郎は呆然と望美を見遣った。
「たんじょ、う、び?」
「そうですよー」
 にこにこと笑うばかりの望美の代わりに、彼女の幼馴染である青年が説明を引き受ける。
「俺たちの生まれ育った世界では、自分の生まれた日に一つ歳を取るんです。だから、その日にお祝いをする習慣があるんです。『誕生日おめでとう』と」
「オレたちは正月に歳をとるから馴染みがないことだけど、姫君たってのお願いとあっちゃ、叶えないわけにはいかないしね」
「そうそう。それにお祝い事って楽しいし~」
「兄上は遊ぶ口実が出来たのを喜んでいるだけでしょう?」
 頷き合うヒノエと景時。それへ朔が厳しい言葉を向けるのもいつもの事だ。
「譲がいっぱいご馳走を作ってくれたよ。蜂蜜ぷりんもあるんだよ」
 白龍が嬉しそうに笑えば、プリンが楽しみなのはお前だろ、と将臣がツッコミを入れる。
「とりあえず九郎、中へ入りなさい」
 リズヴァーンの声に、ぎくしゃくと九郎は頷き、望美に腕を引かれるまま大きな卓の前へ腰を下ろす。
 普段は一人ずつ、各々の膳に食事が供されるのだが、今日は全員が囲めるほど大きな卓の上へ料理が並べられている。見た事もない大きさの卓に戸惑っていると、敦盛が静かな声で九郎の疑問に答えた。
「祝い事は、皆で一つの卓を囲みたいのだという神子の求めに応じて、リズ先生が作られたのだ」
「そうだったのですか……。お手数をかけました、先生」
 生真面目に九郎が頭を下げると、リズヴァーンはゆるりと首を振り、淡く微笑んだ。
「大した事はしていない。皆で祝おうと言う神子の願いを叶えただけだ」
「とにかく、祝宴を始めましょうか」
 九郎の隣に腰を下ろした弁慶が、ざわめきを纏めるように口を開けば、景時がそれに応じて立ち上がる。
「では、源九郎義経殿の御生誕を祝して、白龍の神子より祝いのお言葉を頂きます」
 景時の言葉に、将臣が『どこの司会者だ、ありゃ』と呟くが、それを理解できたのは彼の向かいに座る譲だけだった。もう一人、このツッコミを理解してくれるはずの少女は、ごほん、などと咳払いしながら席を立とうとしている所で、要するにまったく聞いちゃいなかった。
「えー、本日はお日柄もよく~、皆様におかれましては~」
「望美。前置きはいいからさくっといこうぜ、さくっと」
 口上を遮る将臣の言葉に望美は膨れっ面を浮かべるが、長々と話しても仕方ないと思ったか、すぐに笑顔を浮かべて九郎を見下ろす。
「えーと――九郎さんが生まれてきてくれた事に、そして八葉の仲間として、私たちと一緒にいてくれることに感謝します。怪我をせず、元気で過ごしてください。お誕生日おめでとうございます」
 ひと息に言い切ると、ぱちぱちと拍手をする。
 その小さな音に将臣と譲が加わり、更に朔、白龍、景時と続き――やがて全員へと拍手の波は伝わった。
 すとんと望美が座ると、その隣に端座していた九郎は入れ替わるように立ち上がる。その顔は赤く、恥ずかしげに伏せられていたが、意を決したように面を上げると、ぐるりと卓を取り囲む仲間を見渡した。一人一人の名を噛み締めるような声音で呼び、最後に望美の名前を呼ぶ。
「――皆、ありがとう。今まで生きてきた中で今日が最上の日だと、オレは胸を張って言える。……この日の事は、ずっと忘れない」
 そう言って、深々と頭を下げる。その動きを止めたのは、ヒノエの明るい響きの声だ。
「忘れないっていうには、まだ早いんじゃないの? 今からサイコーの日が始まるんだろ」
「ふふっ、ヒノエの言うとおりですね」
 弁慶が朗らかに笑う。
「それに折角の料理も冷めてしまいます。さっさと座った方がいいですよ?」
「そうだよ。九郎さん、座って! 譲くんが作ってくれたのは、私たちの世界のお祝い料理だよ」
 絶対美味しいんだからね、と自慢げに言う望美のこめかみを、将臣が指先で弾く。
「痛ッ! 何するのよ、将臣くん!」
「お前はなんにも作ってないだろーが。そんなに自慢げに言うことかぁ?」
「兄さん。いいじゃないか。料理のアイデアをくれたのは先輩なんだし」
「譲くんはいいこと言うね~」
 満面の笑みを向けられ、譲はずれても居ない眼鏡の位置を直す。
「それじゃ、皆、食べよう!」
 望美の宣言と同時に、皆が好き好きに料理へ箸を伸ばし始める。
 その様子を目を細めるようにして見つめていた九郎は、小さく袖を引かれた事に気付いて、隣に視線を向ける。
「九郎さん、食べないの?」
 小声で問いかけてくる声に、首を左右に振って九郎は応じる。
「いや、食べるさ。ただな――幸福な風景だなと、思ったんだ」
「え?」
「皆が居て、こうやって共に卓を囲んで。戦の合間とは思えない、なんて幸せな光景なのだろうと」
 優しい口調で告げた九郎は、僅かに身を屈め、望美の顔を覗き込んだ。
「ありがとう。――お前が言っていた『今日でないと駄目な用件』は、これの事だったんだな」
「うん、そう。黙っていてごめんね? でも驚かせたかったんだ」
「こういう驚きなら構わないさ」
 小さく声をたてて笑った九郎は、卓へ向き直ると譲心づくしの料理へと箸を伸ばした。ゆっくりと料理を噛み、期待の眼差しを向ける望美へと頷いてやる。
「とても美味いぞ」
 並ぶのは見慣れぬ料理ばかりだが、使われている材料は九郎の好物が多い。譲や望美に言った覚えのない材料も多い事から、景時やリズヴァーンなども、九郎の「好物調査」に一役かったのだろうな、と思われる。
「よかった! あ、お酒もね、あるんですよ」
 促されるままに飲んだ酒も、随分と前に「この味は好きだ」と言った覚えのあるものだ。確かその時に居たのは弁慶だったか、と視線を向ければ、弁慶は緩く首を傾げて言葉を促す。
「なんですか、九郎」
「お前、よく覚えていたな」
 これだ、と杯を示せば、弁慶の淡い色の瞳が細められる。
「記憶力はわるくないものですから。ヒノエに探させたのですが、気に入ってくれたようでよかったですよ」
「ああ、前に飲んだ時よりも美味く感じるぞ」
「同じ酒ですよ?」
 分かっていて月並みな言葉を返す弁慶に、九郎は静かに笑いかける。
「気分というものさ」
 そうして九郎は、弁慶の杯へなみなみと酒を注いだ。

- 後編:END -

 

||| あとがき |||

最初はですね、ちゃんとラブラブっぽい話だったんです。書く内に、どんどんと某軍師様のおかげで(せいで?)話の方向がズレ…。
いかん、弁慶を出した時点で私の負けだ! と悟り(…)、このSSでのラブ要素は諦めたのでした。


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