緋の誓約(後編)

2009.11.16
六章 鎌倉~ : 「緋の烙印」 → 「緋の嚆矢」 → 「緋の誓約(前編)」の続き
ご注意 死亡ネタ(共通A七章「京は火炎に揺らめく」)が含まれますので苦手な方はご遠慮下さい

- ヒノエ×望美


 その後――。
 奇襲は失敗に終わり、九郎は源氏の大将を解任された。

 鎌倉へ直訴に行く九郎たちを見送ったヒノエは、毎日を慌ただしく過ごしていた。殆ど京邸に戻ることはなく、六波羅の隠れ家を拠点に情報収集に明け暮れている。
 彼の知る頼朝という人物が正しければ、九郎の訴えが通らない事はほぼ確実だ。間違いなく、弁慶の判断も同じだろう。それでも僅かな望みがあるのならば、と鎌倉へ向かった彼らの思いはヒノエにも納得できるものだった。
(白龍の神子という切り札をどう使うかだろうな)
 突破口があるとすれば、その一点に違いなかった。
(望美を頼朝に『献上』すれば、あるいは……)
 政治的な事を思えば、最も簡単な解決はそれだろう。
 だが、ヒノエは白龍の神子という少女を、そういうどろどろした世界に巻き込みたくないと思っている自分にも気づいていた。
 ヒノエは弁慶の事を極悪軍師と称する事があるが、自分も十分悪辣だ、と理解している。
 熊野に害ありと見做せば、血縁者である弁慶だろうが、切り捨てる事に躊躇いを感じない。弁慶本人も「賢明ですね」と笑って頷くだけだろう。同様に、弁慶も源氏に――九郎にとって不利となると思えば、笑顔のまま熊野を売り飛ばすだろう。それくらいの相互理解はしているつもりだった。
 幸いなのは、その悪徳軍師も望美の事を気に入って――有体に言えば少なからぬ恋情を抱いている。だから彼女の肩書きを利用すれども、身柄そのものを使うことはないはずだ。万が一あっても、九郎が制するだろう予感もある。
(恐らく、鎌倉は時間を稼ぐだろう)
 その間に京へ残った仲間へ何か仕掛けてくるかもしれない。
 ――鎌倉ではなく、平氏が。
 熊野の烏がもたらす情報は正確だ。そして、そこからはじき出すヒノエの予測は、どれだけいい方向へ修正しようと試みても、色よいものへ変わることはなかった。
(長引くほど、不利になる)
 八葉だけでは、怨霊に対抗する術を持たない。神子が居なければ封印も出来ない。何度かは退けられても、いずれは数の暴力に押しつぶされるだろう。持久戦では生者の方こそ不利なのだ。
 ヒノエの判断と情報を持たせて飛ばした烏が弁慶のもとへ辿りつくのと前後して――最悪の予想は、現実になって訪れた。


 京へ戻ってきた望美が見たものは、燃え盛る町だった。
「どうして……!」
 崩れそうになる膝を支え、仲間たちの姿を探す。
(またこの運命に来てしまった)
 今度こそ九郎の願いは頼朝に通じると信じて向かった鎌倉。彼女の祈りは粉々に打ち砕かれた。眼前で燃え盛る京の町は、初めての運命と同じ姿を彼女の前へ晒していた。
 何を間違えたのと呻き、唇を噛みしめる。
 口内に滲む鉄錆の味も、今の彼女の足を妨げない。いつの間にか仲間たちとはぐれてしまったが、望美はひたすらに走り、行く手を塞ぐ怨霊を封じ――そうして、求めていた人影に出会う。
 揺れる炎を映して常よりも赤く輝く髪。
「ヒノエくん……! よかった」
 無事だったんだね、という言葉を望美は飲み込んだ。
 皮鎧の胸元には大きく刀創がつき、剥きだしの腕や足には大小様々な傷が刻まれていた。彼女の視線に気づいたヒノエは、こんなのかすり傷だよ、と肩を竦める。普段ならばすぐにバレる強がり――明らかに血の足りていない青白い顔は、周囲を赤く染め上げる火勢によって気付かれる事は無かった。
「姫君に会うまでオレが死ぬわけないだろ?」
 油断なく周囲を見渡しながらも、ヒノエは僅かに頬を緩めて見せるが、その表情が瞬時に曇りを帯びる。
「愛らしい口唇に血が付いているぜ。怪我でもしたのかい」
 片手で顎を支え、親指で望美の唇をなぞる。ぴりりとした痛みを感じて眉を寄せると、ヒノエが苦い表情を浮かべた。
「唇を噛んだのか? 全く、オレの神子姫様は……」
 仕方ない人だね、と囁くと同時に自然な動きで顔を寄せ、ぺろりと舌先で傷口を舐めた。
「――ん。消毒終わり」
 唇の触れる距離で囁くと、間近で合わさった翡翠の瞳が羞恥と怒りの混ざったような色を浮かべる。
「ヒノエくん!」
「無防備なお前が悪いんだよ」
 酷い責任転嫁をしながら、ヒノエは名残惜しげに顔を離す。
「さて、感動の再会もこの辺にしておかないと――敵に囲まれてしまう」
 武器を握り直し、ヒノエは前方へと視線を向ける。望美も近づく気配を悟って、己の剣を構え直した。迫る足音は不揃いで、数も多い。片手で足りる人数ではないだろう。
 緊張の表情でヒノエの隣へ並ぼうとした望美の足は、ヒノエによって制された。
「ここより北は無理だ。逃げるなら南――急げば、まだ間に合う」
 とん、とヒノエは望美の肩を押す。姿勢を崩した先には、ようやく追いついた九郎の姿があった。
 よろける望美を抱きとめた男へ、ヒノエはにやりと笑って見せた。
「ヒノエ!」
「九郎、お前らがいる方が面倒なんだ。あいつらが狙ってるのは源氏軍の奴らだからな。オレ一人なら、何とでもなるんだよ」
 嘯きながら、ヒノエは二人へ背を向ける。
 燃え盛る炎に映し出された横顔に、望美は言葉を無くす。普段のヒノエが浮かべる、どこか余裕のあるような笑顔は姿を隠し、薄く細められた視線が、口で言うほど現状が良くない事を如実に示していた。
 更に望美は気付いてしまう。見えなかった背中にある、大きな傷痕。今も血を零すそれは、手当てもせずに放置できるほど軽いものではなく、今も彼の命をじりじりと削っている事に。
「ヒノエくん! その傷ッ!」
「オレの姫君の心を煩わせるようなものじゃないさ」
 片眉をあげて見せる顔に、やはり笑みはない。無言で向けられたヒノエの視線を受け、九郎は望美を抱く腕に一瞬力を込める。
「すまない……!」
 謝罪はヒノエへだったか。それとも望美へか。
「早く行け!」
 ヒノエの声をきっかけに、九郎は望美の手を引いて走り始める。――ヒノエがいるのとは、逆の方向へ。
 怒号に似た叫びと、具足の鳴る音。風を切る微かなうねりは、矢が降り注ぐ音か。
 それらが津波のようになって押し寄せてくる。
「ヒノエくん……!」
 振り返り、望美は叫ぶ。大きく開かれた翡翠の瞳は、その瞬間、ただ一人だけを映していた。
 燃え盛る炎も、迫る軍勢も、何もかもが彼女の意識からは消えていた。
(春になったら、京の桜を一緒に見に行こう)
 彼の言葉に素直に頷けなかったのは、こんな運命を知っていたからではない。
 すべてが終われば、自分は元の世界に帰るのだと。春の京にはいないかもしれないと思っていたからだ。
 こんな風に彼を失うかもしれないなど、思ってもいなかった。
「約束! 忘れないで――!」
 掠れた声は彼に届いたのか。
 分からないけれど、振り向きもしない彼が小さく頷く幻が――炎の中に、消えた。
 

 やがて、京の町は灰燼に沈む。
 数多くの人が、炎にまかれて死んだ。
 中には、かつて京を守った大人物も数多く居たと言われる。
 それが誰なのかは、はっきりとは分からない。
 何故なら――その歴史は、時空の波間へと飲みこまれて消えたから……。


 …リィ……ン。


 鈴の音が花盛りの京へ響く。新しい歴史の輪が刻まれる聖なる響きに、花吹雪が舞い落ちる。
「……なぁ、ホントにオレたち、どこかで会わなかったか? なんか初めて会ったような気がしないぜ」
 六波羅の雑踏の中、悩ましげに首を傾げる紅の髪をもつ少年へ、紫苑の長い髪を揺らす少女は悪戯っぽく応じる。
「ふふっ、もしかしたら、どこかで会ってたかもね」

 そうだよ。私は、あなたに会いに来た。
 遠い時空で交わした、約束を叶える為に。


- END -

 

||| あとがき |||

九郎ルートへ進みかけて失敗。1周目ルートにはまり、そして再び春の京へ戻る――そんな風味に仕立ててみました。た、たぶんコレだとゲーム進行的にも、そんなにおかしくないハズ!
そして会話内容が思い出せなくて、途中からPSPのデータを読み出してみたら、途中で充電が切れました…orz

この後は、といえば、十六夜ではなくて本編恋愛EDに進むイメージでしょうか。あくまで「来年の春」に一緒に見る約束を叶える、のです。だから京に残るんです。

しかし死亡ネタ。あまり使いたくなかったんですが、どうしても話の展開上こうなってしまいました。
苦手な方がいたらゴメンナサイ。


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