そんな顔をしないで。

拍手御礼SS 012 … 2010.10.10~2011.02.02まで公開

- 弁慶×望美


「だから大丈夫だと言ったのに」
「そんな事言ったって、仕方ないじゃないですか」
 拗ねたように応じた望美は、ぎゅっとスカートを握り締めた。硬いソファに座った膝の上で、花柄の描かれたフレアースカートにきつく皺が寄って行く。
「ああ、ほら、服が駄目になってしまいますよ」
 弁慶は小さく苦笑し、望美の指を丁寧に伸ばして行く。右、左と順に握り締める動きから開放すると、改めて望美の手を、自分の掌で包み込んだ。
「望美さんが、僕の事を心配してくださってるのは分かります。確かに薬師――いえ、医学と言うべきですね。その勉強をしていて、あの時代に比べれて沢山の病がある事を知りました」
 あの時代、という部分からは僅かに声の高さを低め、隣の少女にだけ届くようにと配慮する。とはいえ、周囲はかなり忙しなく賑やかで、二人の会話に注目するような人はいない。それでも念には念を入れるべきなのだ。望美もそれを理解し、小さく頷いて応えを返す。
 迷宮の謎を解いた後、弁慶は生まれ育った時空には戻らず、望美の傍で生きる事を選んだ。既にその決断から半年近くが過ぎていたが、未だに望美が不安を抱える事が幾つかある。
 それは、生まれ育ってきた環境の違いだ。
 動植物では、それまでの自然環境に外来種が混ざる事で、それまでの生態系が壊れる事がある。それは増えた種によって新たな病原菌がもたらされたりすることで発生するのが殆どだが、逆の事もあり得るのだ。
 土着のものには毒でもなんでもなかった事が、新たな種の命を脅かす――そんな事態がないとは言い切れない。
 弁慶も、そうだ。
 現代に生きている者たちは、子供の頃から予防接種を受けたりするなど、病に対する耐性が高い。また罹患しても、医学の発達により治癒すれば、体内に免疫を持つようになる。
 だが弁慶は?
 子供の病は、大人が罹ると時として命に関わる事がある。
 弁慶の手首に幾つか発疹があったのを、望美が見咎めたのが今朝の事。加えて少々弁慶に熱があったものだから、まさか風疹とか水疱瘡!? と大慌てした望美によって病院へ拉致されたのだった。結果的にはただの風邪で、発疹は虫刺されの痕だったのだが、望美は本気で心配をしたのだ。
 それが分かっているから、弁慶もきつい事は言わず、ただひたすらに『お願い』を口にする。
「望美さんに心配かけてしまうのも当然ですが、これでも医学を志す者なんです。自分の体調くらいはちゃんと分かりますから、もう少し信じて下さいませんか? ――っと、そんな顔をしないで」
 ちらりと睨みあげてきた望美の様子に、弁慶は慌てて言葉を継ぐ。
「戦の間ならともかく、今は具合が悪いのを誤魔化すなんて、そんな事はしません」
「でも、熱はあったのに、出掛けるのを大丈夫だって言ったじゃない」
 朝のやりとりを指して応戦する望美は、翡翠の瞳に力を込める。弁慶は『しまったな』と言うように肩を竦めた。
「その……望美さんが来るの、久しぶりだったじゃないですか」
「え? うん、そうですね。昨日まで試験だったから。それがどうかしましたか?」
 唐突な問いかけに、望美は戸惑いつつも頷く。
「だから今日の外出を、僕だって楽しみにしていたんですよ。発熱っていっても微熱程度だし、無理をするつもりはなかったから」
「そ、それは――」
 望美は握り締められたままの手に、思わず力を込める。
「もちろん私だって、弁慶さんとのお出かけが楽しみでしたよ。試験が終わったら弁慶さんに会える、って、それを励みに苦手な勉強も頑張ったんだし。でもね、別にお出かけするのが全てじゃないもん」
 俯いた望美の頬がうっすらと赤い。
 そこに集中する自分の熱と、注がれる弁慶の視線を自覚しながら、望美は更に言葉を継いでいく。
「二人でいる事が一番大事なんだから、お薬もらったら、家に帰ってゆっくりしましょう? ご飯も……その、外で食べるような立派な物は作れないけど、頑張って作るから」
 訴えかける翡翠の瞳と視線を合わせた弁慶が返答しようとしたその時、院内に彼の名を呼ぶ声が響き渡る。
「あ、呼ばれてますね」
「ええ、そのようです」
 会計の順番が来たようだ。
 身軽に立ち上がった弁慶だが、繋いだ手はまだ離さない。腕を引き上げられるような形になった望美は、訝しげに弁慶を見上げた。
「弁慶さん……?」
 問いには答えず、弁慶は黙って望美の指先に唇を寄せる。驚いて思わず手を振り払ってしまった望美だったが、弁慶は涼やかに笑って目元を和ませた。
「君が『家に帰る』って言ってくれた事に、ちょっと感動してました」
「そ、それはっ」
「他意の無い事は分かっていますよ。でも、嬉しかったんです。それくらい、望美さんが僕と一緒にいる事を自然に考えてくれているんだなと思ったらね。それじゃ、行ってきます。すぐ戻りますから、そこにいてください」
 もう一度微笑み、弁慶は踵を返す。
 ゆっくりと会計受付の方へ歩いて行く背を見送りながら、望美は真っ赤に染まった頬を両手で包み込んだ。手のひらに伝わる体温が、ひどく熱い。
「ああもうっ、私の方が弁慶さんより熱が出ちゃいそうだよ……」
 ぎゅっと目を瞑り、望美は小声で呟いたのだった。


- END -


||| あとがき |||

本来のテーマは
・「嬉しそうに、両手のひらを握り締める」
・キーワードは「病院」
だったんですが、あまり嬉しそうでもないし、両手でもなかったりするんですが…orz ま、まぁこんな感じの話もありかなということで。


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