この瞬間の精一杯

拍手御礼SS 012 … 2010.09.02~2010.10.10まで公開

- ヒノエ×望美


「へぇ~、それじゃ神子姫様とオレは、同じ年の生まれってことか」
「そうだね。それで譲くんが私たちの一つ下になるの」
「げっ、あのデカさで年下かよ」
 舞い落ちる桜の花びらを片手で払い除けながら、信じたくねぇ、一体何喰ってるんだ……と呟くヒノエに、望美は楽しげに声を立てて笑った。
 確かに彼女の幼馴染二人、将臣と譲は身長が高い。八葉の中でも長身の部類に入るだろう。
「そうそう、あと今の将臣くんは三つ年上だけど、本当は私と同い年なんだよ。身長は、髪の長さ程には変わってないけどね」
「今の?」
 ヒノエは怪訝そうに眉を寄せる。
 この異世界から来た『神子姫様』の話は、確かに興味深いのだが、どうにも言葉不足な所がある。思いつくまま、感情の赴くままに話しているのだろうな――と、将臣の年齢について一生懸命に説明する様子を眺めつつ、ヒノエは内心で苦笑を噛み殺した。
 こちらの言う事が望美へ伝わらず、説明をつけ加えることも多いし、逆にヒノエが望美の使う異国語が分からず、聞き返すこともしばしばだ。自然と会話は長くなり、寄り道や脱線も多くなる。
 効率を考えれば最悪に近いが、それでもヒノエは、飽くことなく懇々と付き合ってしまう。
(要するに、面白いんだよな。あまりにも違いすぎて)
 互いに同じ年数を生きてきた筈なのに、どうしてここまで異なるのだろう。
 その差はいっそ、爽快感さえ覚える程だ。
 自分と彼女の間には、海の如くに広くて深い隔たりがあって、蜘蛛の糸程に細い『八葉』という名の縁が、彼我を繋いでいる。
「八葉、か……」
 額に輝く、紅の宝玉。誰の目にも見えず、ただ唯一、白龍の神子と、彼女を守護する八葉のみが知覚する事が適うモノ。
 自身が認めようが認めまいが、厳然として存在する『証』に、ヒノエは無意識に指を伸ばした。
「ヒノエくん?」
 はっと視線を向ければ、望美が心配気に眉を顰めていた。
「疲れた? 頭痛でもする? それとも――…」
 僅かに声を潜め、背伸びするようにしてヒノエの耳元に唇を寄せる。
「もしかして、宝玉が痛いとか……?」
 周囲を憚るように落とされた、吐息混じりの声がくすぐったい。彼女の気遣いを嬉しく感じる自分を自覚しつつ、ヒノエはその感情の赴くままに笑みを口元に刻んだ。
「いや、頭痛とか、ましてや宝玉が痛いなんてことは無いから大丈夫。すまないね、心配をかけて」
「謝ることじゃないよ! だってヒノエくんの心配をするのは当然じゃない」
 くるんと瞳を輝かせる望美の頬へ、ヒノエはそっと指先を沿わせる。
「ふふっ、姫君は男を惑わす言葉が上手だね」
「へ?」
 驚きで見開かれた翡翠の瞳を覗き込み、手慣れた調子で甘い言葉を囁きかける。触れていただけの筈の手は、いつの間にかしっかりと望美の顎を捉えている。
「案じるのは当たり前だとか、それってまるで常日頃からオレのことだけを見てくれているような――そんな風にすら聞こえるよ? そんな言葉を告げられて、オレが何も感じないとでも思う?」
「そ、そ、それはっ」
 反射的に半歩下がりヒノエの腕から逃れた望美は、ふるりと首を左右に振った。
「心配してるのは本当だけど、でも、その常日頃とか、そんなの気にしたことないよ。だって……八葉の皆の事を考えるのって変? ダメな事なの?」
 眦を薄紅に染め上げつつ問う声に、ヒノエはうっすらと目を細めた。まるで猫科の獣のような仕草だ。だが牙を剥く訳ではなく、あくまで口調は柔らかく、優しい。
「駄目じゃないさ。ただオレが、神子姫様の視線を独占したいだけ」
「んもうっ、ヒノエくんはそんな事ばかり言って!」
「本当のことなのにな」
「知りません!」
 拗ねて顔を背けてしまった望美の肩へ腕を回すと、ヒノエは下から覗き込むようにして視線を合わせた。
「ごめんごめん。もう言わないよ」
 女の子に対して甘い言葉を投げかけるのは、半ばヒノエの習慣のようなものだ。だが、無駄に好意を押し付ける事はしない。ここが引き際と悟ったヒノエは、あっさりと望美の身体を解放する。
「ね、姫君。何か甘い物でも食べに行こうか。ちょっと先にある甘味屋が、評判らしいよ。謝罪代わりにご馳走するからさ」
 促すようにヒノエは片手を差し伸べる。
 辛抱強く待つ事、数秒。ゆるゆると顔を上げた望美が、己の手をヒノエの掌に委ねながら呟いた。
「……もしも美味しくなかったら、罰ゲームだよ」
「ばつ……げぇむ? よく分からないけど、罰則のようなものかな。でも大丈夫。絶対に姫君は気に入るさ」
 重なる指をぎゅっと握り締め、闊達な笑みを向ける。
「もし私が嘘を吐いて『美味しくない』って言ったらどうするの?」
 手を曳かれて歩き出しながら、望美はささやかな疑問を呈する。至極当然な問いであったが、ヒノエはあっさりと笑い飛ばす。
「姫君はそんな事をしないさ」
「どうしてそんな風に言い切れるの?」
「それは勿論、神子姫様の事をずっと『見ていた』からさ」
 微妙な強調は、文字通りに「見る」だけではない事を示唆する証。
「ああ、断言する理由も言ってもいいよ。一つ、こんな些細な事で望美が虚言を言っても全く意味が無い。二つ、目は口ほどに物を言うってね。神子姫様の顔を見れば、味の甲乙なんかすぐに分かるさ」
 ぴんと指を伸ばし、数え上げる。
「そして三つ。例えばオレがお前の嘘に騙されたとしても――素直で可愛らしいお前は、すぐに居た堪れなくなって、真実をオレに告げるだろうね」
 違うかい? と楽しげに口の端を引き上げたヒノエに、望美は全面降伏するしかない。
 だけど声に出して応じるのは悔しくて、ただ彼の手を強く握り締めるのだった。

- END -


||| あとがき |||

2章、春の京でヒノエを仲間にした場合…の話です。
この話は10/3のアンジェ神曲で発行した無料配布本にも載せています。それで無配本verを載せようかな、と思って見直したんですが、望美の台詞
「疲れた? 頭痛でもする? それとも――…」
のところが
「疲れた? 頭痛でもする? それとも」
になっていただけだったので(笑)全然変わらないじゃん! ってことで、そのままWeb拍手版の方を載せました。
ヒノ望は、あまあまな話を書くのも好きですが、こういった「探りあい」的なのもすごく楽しいです。会話のやりとりには苦労しますが…。


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