NOVEL

[!] 本SSは、裏エリアにも拘らず性的描写は限りなく少ないです。ただ色気はちょっと強めなので、読む方を選ぶかも――という意味合いで年齢制限エリアに格納させて頂きました。

この話は1111回目の拍手のリクエストとして頂いた内容…の、筈だったんですが、どうしてもそのリクエスト内容を上手く私が描けなかったため、大分内容を変更しています、すみません。

リクエスト内容:
誕生日(弁慶)の日に望美から弁慶に様々な気持ちを込めたキスを、言葉にしながら送ります。「頬に親愛」と言って頬に口付け、「掌に懇願」と言って掌に、「瞼に憧憬」で目蓋、「手の甲に忠誠」で手の甲、「首筋に欲望」で首筋、「唇に愛情」で口に、など等。最後に 「その他に狂気のキス」と言って胸(心臓)の上にキスを。

表現できなかったこと:
・少々時期を逸しすぎたため、弁慶の誕生日ネタはかけませんでした。
・キスに言葉が伴っていません。場所もかなり違います。
・狂気の愛と言うものを、私がどうしても望美視点で理解が出来なかったので、そういう雰囲気には全くなっていません。

以上、どう考えてもリクエストの内容を全く満たせていないのですが、私の表現力ではこれが限界です。リクエストを下さった神子様には本当に申し訳ないのですが、どうぞご理解のうえお読みいただければ幸いです。


- 傷痕

弁慶×望美


 玄関チャイムの音が室内に響く。
(頼んでいた荷物かな?)
 一日の汗をシャワーで流していた弁慶は、湯の勢いを緩めつつ、しかし焦る様子も無く胸中で呟いた。玄関から浴室が近いため、湯を使っていても音が届いて来るのだ。
 今から服を着て受け取るというのも少々難しい。洗いかけの髪は泡まみれだし、もしも本当に荷物が届いたのだとしたら、その中味は本である。濡れ鼠の格好で持つ訳にも行かないだろう。
(再配送をお願いするしかないですね)
 今日中の再配送は間に合うだろうか、と脳内で時計の盤面を思い浮かべつつ考えていたら、弱い水音の向こうから扉が開く音が届いてきた。続いて、鍵を施錠する硬質な金属音。
(あれ? 望美さん……?)
 この部屋の鍵を持っているのは、自分以外だと望美しかいない。
 今日来るとは言ってなかった筈だが、と思いながら弁慶は手早く洗髪を終えて風呂を出る。シャツは洗濯機に放り込んでしまった
事に加えて、一人暮らしの気安さから持ち込んだ着替えは下着だけで、室内着は寝室に置いたままだ。とりあえずスラックスだけ身につけ、上はバスタオルを肩にひっかけた状態で浴室を出る。
 滴り落ちる水滴を拭いながら居間に足を向けると、ソファに座ってテレビのリモコンを弄っていた人影が振り返った。
「あ、弁慶さん! お邪魔してます」
「いらっしゃい。すみません、こんな格好で」
 華やかな笑顔に目を細めつつ、弁慶も笑い返す。
「勝手にお邪魔したのは私のほうですし。でも弁慶さん、ちゃんと髪の毛拭かなきゃ駄目ですよ」
 立ち上がった望美は腕を伸ばし、タオルで髪の水滴を拭い始める。ぽふぽふと髪の束をタオルで挟んでいく優しい動きに、弁慶は小さく笑い声を零す。
「弁慶さん?」
 手を止めぬままに訝しげな視線を向けられて、弁慶は片手を口元にあてながら首を左右に振る。
「いえ、自分だったら適当に拭いて終わりにするところを、凄く丁寧に拭って頂いているから、ちょっと気恥ずかしくて」
「あんまり恥ずかしそうには見えないですけど」
「そんな事ないですよ」
 弁慶は望美の頬に手を添えると、僅かに身を屈め、額に口づけを落とす。
「まだ服もちゃんと着ているとは言い難いですしね」
「そっ……」
 一瞬言葉を失い、同時に手も止まった望美だが、数秒の沈黙の後、再び手を動かし始める。微妙に視線を逸らしたまま、僅かに拗ねたような声を紡ぎだす。
「……そういう事は、口にしないで下さい。はい、終わり!」
「ありがとうございました」
 礼を告げた弁慶は、望美の逸らされていたはずの視線がいつの間にか自分に戻り、更に一点を凝視されている事に気付き、数度瞬いた。
「望美さん?」
「傷、残っちゃいましたね」
 タオルから離れた細い指先が、弁慶の胸元に触れる。
 わずかな湿り気を残す肌を辿る指が辿るのは、無数に残る傷痕だ。古い――鬼若と名乗っていた頃や、それ以前に負ったものも幾つかはあるが、大半が源氏の軍師として動いていた時に得たものだ。そして望美の呟きが示すのは、その中でも新しい傷の事だ。
 雪深い奥州で得た怪我は、彼の常識であれば死を免れないものであった。それが覆ったのは、時空を越えて現れた望美と、彼女が生まれ育った――そして、今現在弁慶が生きる世界の医療技術のおかげだ。とはいえ、可能だったのは命を救う事であって、全てを元通りに戻せた訳ではない。得た傷は、弁慶の身体に様々な痕として色濃く残っている。
「別に男ですからね。傷があってそんなに困る事はないです。ただ……そうですね。顔にあったら、患者さんに怖がられる可能性はありますが」
「あはは、それはあるかも。小児科医とかになったら困りそうですね」
 弁慶の軽口に、可愛らしい笑い声を上げた望美だが、すぐに表情を変える。
「生きていてくれて、本当に良かった」
 深い響きを孕んで落とされた言葉へ弁慶が返事をするより早く、柔らかな感触が肌に触れる。
 肩の傷。鎖骨下に残る刀痕。そして心臓近くの肌に刻まれた矢傷。
 順に辿る唇の動きを見下ろす弁慶の表情は、普段では有り得ないほど驚きの色に満ちていて、ふと途中で視線を上げた望美は思わず真っ赤に頬を染め上げる。それを誤魔化すように、弁慶の右手を取り、その甲に唇を寄せる。ふわりと、柔らかなキスを落としてから、望美は手の甲を見つめて呟いた。
「どんなに傷だらけでも、失うよりいいって分かってても……だけど」
「その先は言っては駄目ですよ、望美さん」
 掴まれたままの手を引き寄せ、今度は弁慶が望美の指先に口づける。小さく濡れた音をわざと響かせれば、望美の言葉を塞ぐのには覿面の効果が現れる。
 傷の話になると、最後は望美が何故か謝罪を繰り返す事になる。『帰りなさい』と言われたにも関わらず、あの時代へ戻ったこと。勝手にこの時代へと連れ去ってしまったこと。そして、もう少し早く行っていればこんなに傷だらけにならずにすんだはずだと言う過程。様々な理由を並べ立て、望美は謝る言葉を繰り返す。
 目に見える傷は弁慶の身体に。
 見えない傷は望美の心に。
 互いに刻まれれてしまった痕は、深く根を張り、一生癒える事は無いのかもしれないが、それを悔悟にするのでは無く、別の想いへと変えて行ければいい。そう今の弁慶は思っている。
「君が僕の傷を気にしてくれているのは分かっています。でも本当に、僕は痕なんかどうでもいいんです」
 繋いだ手越しに翡翠の瞳と視線を合わせ、穏やかな中にも微量な艶を含ませて微笑みかける。
「それに、こうやって、君が僕の事を心配してくれる。僕を想っていてくれる――そんな縁(よすが)になるのであれば、負った傷も悪くないんです」
「そんなものが無くても、いつだって弁慶さんの事を考えてるし、今どうしてるのかな、元気かなって思ってますよ」
 薄赤い目元のまま、望美は小声で応じる。
「ええ、勿論望美さんの気持ちを疑っている訳ではないんです。ただ、何と言えば良いのでしょうね。僕の独占欲みたいなもの、なんでしょうかね」
 いつだって、彼女の心を自分に向けていたい。
 かつては望むことすら罪だと信じていた恋情を素直に口に出せる日々は、なんと穏やかで幸福に溢れているのだろうと、弁慶は目も眩むような思いに満たされる。
「君の視線や声、全てを僕が奪えたらいいのに」
「そんなこと言ったら、私だって。弁慶さんに残る見知らぬ誰かがつけた傷、全てが恨めしいです」
 自分で口にした『独占欲』という言葉の示す欲深さに内心で苦笑していた弁慶は、それを上回る望美の言葉の意外さに息を呑む。
「消せるのもなら、全部私のつけた痕で上書きしたいよ」
「それは……随分と情熱的ですね」
 繋いだままの手を解き、弁慶は両腕の中へ望美を引き寄せる。濡れたままの髪が一筋零れ落ちて望美の首筋を撫でた瞬間、びくりと細い肩が震えた。
「たまには我侭言いたい時だってあるんです」
「君のこんな可愛らしい我侭なら、いつでも大歓迎ですよ。――ところで望美さん、今更ですけど今日は何かあったんですか?」
 予告も無く来るなんて珍しい、と腕の中の恋人に問いかける。本音を言えばこのまま押し倒してしまいたい所だが、流石に相手の都合も考えずの行動はまずいだろう。ギリギリで理性の縁に踏みとどまった確認の声に、望美は弁慶の胸元へ頬を寄せたまま小さく笑った。
 ここは笑う所だろうか、との疑問は、続く言葉で解決する。
「今日、うちの両親が町内会の人達と飲みに行って来る~って出かけたんですけど、その時に『何時に帰るか分からないから、夜一人だと無用心だし、弁慶さんの所行けば?』って追い出されちゃって」
「……それはそれは」
 両親公認の元で付き合いを重ねているのは確かだが、ここまで信用されると面映いものもある。望美の笑いの意味を理解し、弁慶も僅かに笑みを零した。
 しかし、それも一瞬のこと。甘く染まった空気が解けきらない内に、弁慶は最後の確認を口にする。
「それじゃ今夜は泊まっていけるんですね」
 耳元に口を寄せて低く囁きを流し込めば、恥ずかしげに、だがしっかりと頷きが返された。
「う、……うん」
「では先程の『我侭』を、是非実践して頂けませんか?」
 お願いをするようで、実際には否と言わせない空気を漂わせつつ、弁慶は望美を抱き上げる。
「ひゃっ!?」
 突如高くなった視界に驚き、慌てて弁慶の肩に手をかける。最初首へ腕を回しかけて、濡れ髪が冷たくて手を引っ込めたのは、きっと弁慶にバレているだろう。
 実践とはなんだと聞き直す程、望美も初心ではない。それでも頬に血が上るのを押さえられず、ぎゅっと目を瞑る。寝室へ運ばれながら、望美は一つだけ気になる事を確認する。
「あのっ、電気ちゃんと消してくれますよね」
「え? 消したら傷が見えないじゃないですか」
 爽やかに、実にきらきらとした表情で応じる声に、望美はがくりと項垂れる。
「触れば分かるから、消してください!」
「嫌です」
 器用に望美を抱きかかえたまま寝室の扉を開けた弁慶は、当然だとばかりに照明スイッチをオンにする。煌々と輝く明かりの眩しさに目を眇めつつ、望美はそれでも反論する。
「なんで即答なんですか!」
「どうしてでしょうね」
 ベッドの上で抵抗する肢体に覆い被さりながら、弁慶は口元に笑みを刻む。黒法師時代を彷彿とする微笑みが、苦言を囀る桃色の唇と触れ合い言葉を封じるまで、あと一秒。


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