雛祭

2010.03.03
現代ED後、鎌倉でのお話。

- 九郎×望美


「随分と桃の花飾りが多いんだな」
「ああ、ひな祭りだからですよ。今日は三日ですし」
 駅前のスーパーで買い物を終えた後、商店街を歩きながら九郎が呟いた。
 九郎が指摘したように、商店街の看板を囲む花飾りは、愛らしい薄桃色で縁取られ、それ以外にも、そこかしこに桃の花を模ったと思しきものが飾られている。
 桃の花は桜色に近い。
 なんとなく春が一歩早く訪れたような気がして、九郎に応じる望美の声はふわりと浮き立つのだが、彼から帰ってきたのは戸惑いを色濃く滲ませた言葉だった。
「ひなまつり?」
「九郎さん知りませんか?」
「ああ、初めて聞く」
 肯定の言葉に、望美は『あの衣装って平安時代のっぽいけど、その頃はなかったのかな?』などと呟きながら、改めて九郎を振り仰いだ。
 この時代で過ごした時間が然程長いとは言えない九郎だ。知らない言葉が多いのは当然であり、望美もその都度彼の疑問に答えていく癖が付いていた。九郎にしてみれば年下の少女に教えを請うのは気恥ずかしい部分もあるのかもしれないが、決してそれを表に出すことなく、知らぬことの方が恥――と、生真面目に学ぶ姿勢を崩した事がなかった。
「ひな祭りはですね、桃の節句とも言って、女の子のお祭りなんですよ」
 そんな前置きから、望美は雛人形から桃飾り、菱餅に雛あられ……と、ひな祭りの内容をざっくりと九郎に説明する。といっても、望美もそれほどひな祭りという行事に精通しているわけでもない。記憶を探りながらの説明は所々詰まりながらとなったが、それでも聞き終えた九郎は納得の表情で頷き、口を開く。
「祝い事ではないが、流し雛――と言うんだったか。形代の人形を川に流す祓いの儀式は見た事がある。それも雛人形と呼べるのかもしれないな」
 そして今度は、九郎が解説役へ回る。
 淡々と語られる内容に、望美はくるりと大きな瞳を輝かせて聞き入った。話し終えて九郎が口を閉ざすと、大きく息を吐いて感嘆の声を紡いだ。
「へぇ~。それもなんだか面白いですね」
「そうだな。同じ雛でも、飾るものと流すものがあるというのは不思議な感じがする」
 そこまで口にして、ふと九郎は望美の顔を見直した。
「そういえば、お前も雛を飾っているのか?」
「うん、飾っていますよ。正確には、お母さんが飾ってくれてるんですけどね」
 最後のあたりを照れくさそうに口にしながら、望美は軽やかに笑う。
「そうか。では今度見に行っても構わないか?」
「え」
 九郎の言葉に、望美が反射的に惑いの声をあげる。
 その様子に、九郎も戸惑ったように瞬き、ゆるりと首を傾げた。
「何か都合が悪いのか?」
「ううん! そうじゃなくて……雛人形って、三月三日を過ぎたら、なるべく早めにしまう事になっているんですよ。だから明日の昼間には、お母さん片付けちゃうと思うんです」
 今日はこれから九郎の家へ行く事になっていた。そのまま泊まる約束になっているため、望美が家に帰るのは早くて明日の朝以降だ。外泊の翌日、親と恋人を引き合わせるのは微妙に恥ずかしい望美である。九郎も言外に滲むその空気を悟り、あぁ……と呟いて苦笑を口元に刻んだ。
 しかし、申し訳ないという響きをたっぷりと含んだ望美の声に、九郎は労わるように彼女の頭を軽く撫でた後、気にするな、と笑って言葉を継いだ。
「それでは仕方ないな。また来年にでも見せてもらおう」
「うん、ごめんね九郎さん」
 甘えるように九郎の腕にしがみつくと、ぱっと九郎の頬に朱が散った。それを誤魔化すように、九郎は視線をやや宙へ逸らしながら口を開く。
「と、ところでだな!」
「はい?」
「何故、人形を早くしまわなければならないのだ?」
「うーん、由来は良く知らないんですけど、婚期が遅れるとかなんとか、そんな風に言われてるんですよね」
「こんき? ……あぁ、婚期か」
 最初言われた言葉が想像できなかったのか、眉を寄せて鸚鵡返しにこんき、と呟いた九郎だったが、口にしてみてようやく内容が分かったらしい。改めて言い直すと、首を傾げるようにして望美を見下ろした。
「お前もそれを信じているのか?」
「えーと、別に百パーセント信じているわけじゃないですよ。でもやっぱり乙女心としてはですねぇ、見逃せないっていうか、なんというか」
 ぶつぶつと口の中で最後のあたりを誤魔化すように呟く望美に、九郎はおかしげに口元を緩めた。己の腕に絡み付いていた望美の手を外すと、訝しげな視線が向けられるより早く、彼女の手を握り締める。
 単に手を繋ぐだけではなくてしっかりと絡まった指先に、先程とは逆に望美の頬が薄紅色に染まる。
 俯きそうになる望美の耳に、どこかぶっきら棒な響きを孕む九郎の声が落ちてくる。
「別に、そんな事をお前が気にする必要はないだろう」
「そんなって……九郎さん聞いてました? 女の子に取っては重要な話ですよ?」
「それは分かっている。だが、お前は――…」
 言いかけて、不意に口を噤んだ九郎を訝しげに望美は見上げる。何故か先程よりも顔を真っ赤にしている九郎を眺め、望美はぱちぱちと目を瞬いた。
 少女の瞳が雄弁に訴える無言の問いかけに、九郎は困ったように視線を彷徨わせた後、意を決して口を開く。
「お前は……俺の、そのっ……」
「その?」
 無邪気なまでの問いに、九郎はぐっと望美の手を握る手に力を込める。
「だからっ、お前は俺に嫁いでくるのだろう!?」
 低く抑えられてはいるが、心の奥底から叫んでいるかのような声に、望美は思わず息を飲んだ。
「だから婚期など、気にする必要はない。……違うか?」
 握られた手に篭る熱と、九郎の声がもたらした熱。二つの熱塊が、望美の全身をかっと染め上げていく。じわりと体温が上がり、少しだけ自分より高い九郎の体温と交わっていくのが分かる。
「ううん、違わない」
 望美も繋がれた手に力を込めると、真っ直ぐに九郎の瞳を見返して笑った。
「でもね、やっぱり雛人形は早くしまいます」
「何故だ」
「分かりません?」
 悪戯っぽい表情で目を細め、望美は問いかける。
 そして九郎が返事をする前に、素早く自分の答えを口にする。
「だって、早く九郎さんのところへお嫁に行きたいもん」
 今度こそ本格的に絶句した九郎を見遣り、望美は明るく晴れやかな笑みを浮かべるのだった。


- END -

 

||| あとがき |||

3月3日ですので、ひな祭りのネタにしてみました。ギリギリ3日に更新・・・!

ヒノエで書こうか迷って、今回は九郎に。最後どう纏めようか迷いましたが、さらりとあんな感じで…。
ちなみに2010年のカレンダーでは平日ですが、きっとこの物語のカレンダーでは週末なんでしょう!(無理やり…)


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