風聞

2010.01.26
[5000hitキリ番リクエストSS] 夏の熊野。

- 九郎×望美


「ええと~、何でこうなってるんだっけかなぁ」
 望美は溜息混じりに呟いた。
 その途端に姿勢が崩れかけ、傍にいた女房から『まっすぐ立って下さいませ!』との叱責が飛ぶ。反射的に謝ってから、あれなんで謝ってるんだろう、と再度首を傾げてしまう。
 望美の視界に映るのは、とことんまで贅を凝らした室内の調度品。正直、望美のセンスからすれば「ギラギラ・ゴテゴテの過剰装飾」なのだが、多分、ここの『主』はこういったものがお気に入りなのだろう。いや、主というよりは――この宿に泊まる人物の、というべきだろうか。
(普段の格好からしてハデだもんねぇ)
 その好みを反映してか、己に着せかけられていく着物も華麗な花々が染め抜かれ、更に金銀の糸で刺繍が施された「手間と金のかかった高級品」だ。ヒノエのおかげ――というのも変だが、貢ぎ物と称して持ってくる(そして全てことごとく返品する)衣装の数々で大分見慣れてきたから分かるのだろうが、そうやって価値を理解できたところで、自分の現状が納得出来るかといえば、そうではない。
 所用で勝浦の町を歩いていた望美が、偶然後白河法王の一行に出会ったのは半刻ほど前の事。そのまま、あれよあれよと法王に丸めこまれ、彼の泊まる宿に連れて来られてしまった。
(くっ、どうして弁慶さんやヒノエくんは、あの狸オヤジと普通に会話が出来るわけっ!?)
 今は傍に居ない天地朱雀――間違いなく口から先に生まれてきたに違いないと確信する叔父甥コンビを思い出しながら、望美は拳を握りしめる。
 ちなみに九郎の名を挙げないのは、彼が法王に口で勝てないことを知っているからだ。もし九郎が法王の言葉に打ち勝てるだけの達者な口をしていたら、春の雨乞いの折に、望美が舞を行う羽目にはならなかっただろう。
(手紙、届いているといいな)
 望美は先刻急いで書きなぐった書状を思い出す。
 宿に連行される直前、法王直々に書いた文(ふみ)に添えて、望美の手紙も一緒に届けてもらうことにしたのだ。あからさまに「捕らわれました」とか記すのは良くないだろうかと思い、一言「HELP」とだけ書いた。誰に分からなくても、謙が――もしくは将臣が居れば、きっと理解してくれるはずだ。
(でも本当にお使いの人って、皆の所に行っているのかな……)
 宿に戻らないと皆が心配するから、と固辞する望美へ「文を送ればいい」と言ったのは法王自身だ。嘘を吐くとは思いたくないが、すぐに実行してくれるとは限らない――と、今になって思い至るあたり、望美も相当に法王の毒気に負けていたのだろう。
「そろそろ支度は出来たか? 法王様が待ちかねておられるぞ」
 御簾の外から声がかかる。
「やや、もう少しお待ち下さいませ」
 女房たちが慌てて手の動きを早くする。
 ぐいぐいと締め付けてくる帯に吐き気を覚えながら、こんな着物を着てたら一人では逃げられない……と、絶望的な思いを噛みしめるのだった。


「おお、待ちかねたぞ」
 法王は上機嫌な様子で、現れた白龍の神子を手招く。
 彼だけではなく、傍に控える随身たちも、驚いたように目を見開いている。所々では、開いた扇の影で何事かを囁き交わす者たちもいる。
 値踏みするような視線とざわついた空気に、望美は不快げに眉を寄せ、入り口で腰に腕をあてて立ち止まった。普段の戦装束ならそれなりに似合う勇ましい仕草だが、華美に飾り立てられた今の服では、迫力の欠片もない。寧ろ照れ隠しのように見えてしまい、周囲の男たちの顔がだらしなく緩む。
「法王様。言われた通りちゃんと着替えてきましたよ。これでいいんですか?」
「うむ、とてもよく似合っておるぞ。普段からそのような格好をすれば、九郎も喜ぶであろうに」
「……そんなこと無いと思いますよ」
 うんざりとした声で応じる望美へ、法王は興味深げな視線を向けるが、周囲の人々からは、先程と異なる意味での――神子と呼ばれる少女の、無作法な言葉遣いに、ざわめきが起きる。
「違うのか?」
 扇を弄びつつ鷹揚な態度で問いかける法王へ、望美は小さく首肯してみせた。
「私は戦陣に立ち、怨霊を封じてこその神子ですから。……このような着物では、足手まといにしかなりません。そのような者を、九郎さんが必要としているとも思えません」
「怨霊を封じてこそ、は確かにそうやもしれぬ。だがかよわい女性一人守れずして源氏の大将とは、なんとも情けないものよの。さ、近う寄れ」
「いえ、ここで結構ですから」
「そう言わずに、九郎の迎えが来るまで、唐菓子でもどうだ」
 甘味の誘いに一瞬理性が揺らぎかけるが、そこはなんとか踏みとどまって、再度断りの言葉を口にする。
「そんな事よりも、早く仲間の所へ戻らせてください。第一、今このときも熊野は怨霊騒ぎで困っているんですよ!? こんな風に遊んでいる暇はないんです!」
「こら娘! 先程より法王様に対して、無礼な言葉の数々我慢ならん! 大人しくお言葉に従え!」
 法王に従おうとしない望美に業を煮やしたのか、入り口近くにいた警護の武士が立ち上がる。応じて数名がばらばらと膝を立てるが、法王自身が片手をあげて、それを制した。
「よいよい、構わぬよ。――神子、そなたは真面目よのぅ。堅物の九郎とは、似た者同志と言ったところか」
「おかげさまで、よく言い合いになります。……というか、今日も帰ったら怒られる事間違いなしです。どうしてくれるんですか」
「ほぉ? それは何故に」
 溜息混じりの望美の言葉に興をそそられたか、法王が問い返す。
「ひとりでフラフラ歩いているからこういう事になるんだ、とか、お前は危機感が足りないとか、色々です。だから怒られる前に返して下さい」
 可愛らしく、本人としては半ばやけっぱちでおねだりのポーズを取ってみせる望美を見て、法王は扇で口元を覆う。
「ふむ……」
 小さく考え込む声が漏れるが、その視線がふと回廊の方へと向かう。
「どうやら『怒られる前に』は果たせぬな」
「はい?」
 彼我の距離がある為に法王の呟きを聞きそびれた望美だが、すぐに近づいてくる足音――とてもよく聞き覚えのある、馴染み深すぎる音に気付いて、さあっと顔が青ざめる。
「失礼致しますっ!」
 床板を蹴破らんばかりに踏み鳴らして歩いてきた九郎は、その勢いのままに声を張り上げる。
「法王様のところで、我が許婚がご迷惑をかけていると聞き、迎えに参上致しました! ―――…って、お前、望美…、か?」
「あはは……わたし、です」
 入室拒否を貫いて入り口で踏ん張っていた望美は、すぐ隣に立ち止まった九郎を見上げ、へらりと笑みを浮かべた。
 どうやら髪を結われ、普段とは全く異なる衣を着せ付けられていたから気付かれなかったらしい。驚いたように見下ろした九郎は、望美の瞳にうっすらと浮かぶ疲労の色に、僅かに視線を曇らせた。
「望美、大丈夫か?」
「んー……精神的に少しというかかなり疲れたけど、まぁなんとか」
「そうか。すぐに連れて帰ってやるから、もう少しだけ待っていろ」
 労わるように囁きかけ、改めて法王へと向き直った。
 その際、さり気なく九郎は一歩前に出る。彼の背で遮られた視界に、九郎が室内から見えないように隠してくれたのだ、と気付いた望美は、そろりと手を伸ばして九郎の衣の端を掴んだ。
「ありがとう」
 ぽつりと小さく呟けば、ほんの僅か、九郎が頷き返すのが見えた。
 ささやかなやり取りだが、それだけで望美の気力は相当に回復をみせた。一人ぼっちじゃないという事が、これほどに心を強くするのだと、望美は今更ながらに噛み締めるのだ。
「話は終わったか?」
 面白そうに二人を眺めていた法王へ、一瞬だけ眉を寄せた後、九郎は慎ましく沈黙を保ったまま頭を垂れた。
「はっ、御前にて失礼いたしました」
「構わぬよ。許婚同士の会話を遮るほど、無粋ではないつもりでな」
 ひらりと扇を振り、法王は上機嫌に笑う。そして更に手を翻すと、法王の無言の指示に従い、数名の側仕えを除いて人々が退室して行く。望美の傍にいた女房たちも、短く挨拶の言葉と、望美が着ていた服――陣羽織とか――が入っている布包みだけを残して、しずしずと歩み去った。
 人が減った所で、法王は改めて九郎へ問いかけた。
「それで、もう帰るのか?」
「明日も朝早くから怨霊探索が控えております。法王様の熊野御幸の為に全力を尽くす所存故、どうか此度はご退席の許可を頂きたく」
「……本宮行きの事を持ち出されては仕方ないのぅ」
 真っ直ぐに向かってくる九郎の視線を受け止めながら、法王は諦めたように首を振った。
「仕方あるまい。神子よ、色々片付いたら、また遊びに来なさい。その時は、神泉苑の折のような舞を所望しよう」
「九郎さんと一緒じゃなければ嫌です」
「望美!」
 即答する言葉に、ぎょっとしたように九郎が振り返るが、彼女の本気で嫌そうな顔を見て、仕方ないなと小声でぼやく。
「……と、望美も申しておりますので、もしもそのような機会に恵まれました折には、どうぞ我ら両名揃ってお招きいただければと存じます」
 深々と腰を折った九郎を見て、法王は考え込むように手中の扇を弄んだ後、ぱしりと音を立ててそれを開いた。機嫌を損ねたかと随身が身を強張らせる中、法王は長い沈黙を破って、にやりと笑いを浮かべた。
「九郎」
「はっ」
「神子が先程言うておったのだがな、『自分が綺麗に着飾っても九郎は喜ぶ事はない』と」
「……は?」
 突然の言葉に、九郎は思わず目を白黒させる。逆に彼の背後にいる望美は、しまったぁ、と言わんばかりに九郎の衣を握る手に力を込めた。服を引かれる感触に、九郎はまた望美が何か言ったのかと内心で焦るが、とりあえずここは法王の出方を窺う事にする。
「なので九郎」
 二人の様子に気付いているのか、いないのか――間違いなく前者であろう法王は、穏やかな笑みを装いながら、言葉を継いだ。
「神子の今の装いを見てどう思ったか、それを答えるまでは帰ること罷りならぬ」
 宣言された内容に、今度こそ九郎は絶句する。
「九郎さん、九郎さん」
「なんだ!」
 小声で呼ばれた名前に、九郎は内心の焦りも顕わに応じる。その口調に一瞬口篭るが、興味が勝ったのか、望美はひそりと低めた声で問いかけた。
「まかなんとかって、どういう意味ですか?」
「……要するに、言うまで帰してやらん、ということだ」
「あ、なるほど~。ありがとうございます」
 そうやって緊張感の欠片もないやり取りを交わしはしても、法王の言が覆るわけではない。
「お、お待ち下さい法王様。それは流石に、その……」
 先程までの勢いはどこへやら、途端に口篭る九郎の様子に、法王はおかしげに問いかけた。
「言えぬと申すのか? それとも許婚の艶姿を見てもなんとも思わぬほど、そなたは朴念仁なのか?」
「いえ、その……」
 ちらりと望美を振り返った九郎は、口だけでぱくぱくと「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返す彼女を見て苦笑する。何かを振り切った様に息を吐くと、九郎はぴしっと背筋を伸ばし、法王を真っ直ぐに見返した。
「――そのような睦言は、二人きりでいる時に伝えればいいと心得ているのみです」
 迷いのない口調で言い切った九郎を見遣り、法王は口元を綻ばせた。先程までのからかうような色は薄れ、純粋に面白い事を聞いたと、楽しむような笑みだ。
「なるほど、そうきたか」
「ではお答えしましたので、御前失礼致します」
 有無を言わさぬ調子で言い切ると、九郎は望美の手を取り踵を返す。
 来た時の勢いよりは随分と緩やかではあるものの、その歩みはとても速い。長く裾をひく衣を着付けられている望美は、足元が覚束ないどころか、何度となく布を踏み、転びそうになる。
「待って九郎さん! 転ぶっ、転ぶから待って!」
 繋がれた手をぎゅっと握り締めながら訴えると、九郎はようやく望美の様子に気付いたようだった。九郎が握るのとは反対の手で、陣羽織の入った包みを持っているから、足に絡みつく布をたくし上げる事も出来ないのだ。これでは、転ばない方がおかしい程だ。
 慌てて九郎が足を止めると、ほっとしたように望美は息をついた。僅かな距離なのに呼吸が乱れているのは、歩き難さ以上に、きっちりと留められた帯も影響しているのだろう。
「すまない、気付かなくて」
 謝る九郎に、望美はふるりと首を左右に振ってみせた。
「ううん。早くあそこから離れたかったのは私も同じだし」
「だが、それでは歩きにくいだろう。仕方ないな。――少し我慢しろ」
「え? 何を」
 そんな訝しげな声が、ぱたりと途切れる。
 望美の手を放した九郎は、無造作に身を屈めると、望美を横抱きに抱え上げた。膝裏に回した腕のあたりに布が絡まるのが気持ち悪いのか、揺すり上げるようにして一旦抱きなおす。すると今度は上手く布を捌いたか、納得したように一つ頷く。
「よし、行くぞ。荷物を落とすなよ」
「え、やだちょっと九郎さん、重いでしょ!? ゆっくり進んでくれれば、自分で歩きますから降ろして下さい!」
 周囲に人の気配は感じないが、この格好は恥ずかしすぎる。
 望美は必死に九郎に訴えかけるが、見上げた先で、彼の顔があまりに近い場所にある事にも気付いてしまい、慌てて目を逸らす。俯いた顔がじわりと赤く染まるのを自覚するが、前を真っ直ぐに見据えて歩く九郎は気付く様子もなく、淡々とした声で応じる。
「別に重くはないし、降ろすつもりはない」
「でもっ!」
「いいから、黙って運ばれていろ。―――…お前のそんな姿を、これ以上他の奴らの目に、長々と晒してたまるか」
 吐き棄てるように言い加えた内容に、望美は大きく瞬きを繰り返した。
「そんな格好って、ただの派手な着物だよ?」
「まあ、派手ではあるな」
「でしょ?」
「だが、お前にその模様はよく似合っている。その、……綺麗だと、思うぞ」
 掠れがちに届いた声を理解した瞬間、望美は恥ずかしさと照れくささのあまり暫く顔が上げられなくなる。しかし、ちらりと視界の端に映った九郎の首筋が、自分の頬と同じくらい赤くなっている事に気付くと、唇を幸せな笑みの形に綻ばせた。


 その後――室内ですら足元が危うかった望美が石だらけの道を歩く事を、九郎が許容するわけも無く。
 源氏の御曹司が、紫苑の髪を靡かせる美姫を腕に抱えて歩いていた――という目撃談が、勝浦の町に溢れる事になるのだった。

- END -

 

||| あとがき |||

カノコ様よりの5000hitキリ番リクエストで「法王様にさらわれた望美を九郎が取り戻しに来る」がお題でした。

九郎がヒロインを助けに来る話で、ヒロインが大活躍しては普段以上に九郎がヘタレてしまうので、強制お着替えで(笑)望美の行動力を奪ってみました。
その代わり、思ったより法王の「狸っぷり」が表に出なくて残念でした。
…というか、法王の口調をどう書いていいか、すっごく悩みました…。なんか文体が一定ではないのは、多分そのせいですごめんなさい。


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