春の嵐

2011年ヒノエ生誕祝い。迷宮ED後の4月1日。

- ヒノエ×望美


「せっかくの春休みなのに登校とか、面倒だったねぇ。しかも午前中だけとか」
 そういって笑うクラスメイトに、望美も笑顔を返しながら首を左右に振った。
「入学式の準備の手伝いだもの、しょうがないよ」
「確かに。あたしたちが入学した時には、先輩がやってくれた事だもんね」
 四月に入った今、あと数日すれば春休みが終わり――それと同時に、新入生が入学してくる。その準備や手伝いのために、教職員だけではなく在校生も駆り出されているのだが、そのメンバーに望美も名を連ねている。
 実は志願ではなく、クラスでやったくじ引きで「あたり」を引いたからなのだが(ハズレではなくあたりなのは、入学式が慶事だからだ……というのは学級委員長の言である)、やってみれば案外手伝いは楽しかった。自分たちが入学した時の楽しさや、未来への希望を思い出したのも大きいかもしれない。
 自転車通学の友人とは下駄箱の所で別れ、望美は一人で校門を目指す。――いや、目指そうとして、校門の遙か手前でぴたりと足が止まってしまった。
「な、……なんで、こんなところにいるの?」
 大きく見開かれた翡翠の瞳は、校舎を出てすぐの階段に無造作に腰かけている人物に向けられていた。
 驚きの声を爽やかな微笑みで受け止めた少年は、腰かけていた階段から立ち上がり、手早く服についた砂埃を払う。出会った頃よりも少しだけ高くなった目線の位置にあるのは、鮮やかな緋色の瞳。その瞳が、甘く和んで望美の視線を捉える。
「なんでって、愛しい姫君を迎えに来ただけだけど」
「そういう意味じゃなくて! だってホワイトデーの頃に来たとき、一ヶ月くらい来られないかもって言ってたのに……ううん、それよりも」
 スカートを翻し、ざかざかと望美はヒノエの元へ歩み寄る。そんな彼女の動きを面白そうに見守っていたヒノエは、眼前まで来た少女が、己の胸元へ指を突きつけるのを見て軽く瞬いた。
「この服! 一体どうしたの!?」
 とんとん、と指先が叩く胸元を覆うのは、当然ながら熊野水軍の革鎧ではなく、色鮮やかな着物でもない。ヒノエが纏うにしてはひどく地味で、しかし「この場」ではとても違和感のない服――そう、望美の通う高校の男子制服を着用しているのだ。といっても、厳密に言えば白いカッターシャツの上に制服の上着をひっかけているだけで、袖は通していない。だから見慣れたヒノエらしさも、そこはかとなく漂っている。
 折からの風に煽られる服を片手で抑えながら、ヒノエは軽やかに笑って応じる。
「上着は将臣に借りた。下は似たような色をしてるだけで別の服」
 胴回りの大きさが違いすぎてね、と肩を竦めた後、僅かに身を屈めて望美の瞳を覗き込んだ。
「でも、そんなに驚いたのかい? ただ着ている衣が違うだけなんだけどな」
「服が問題なんじゃないよ……」
 片手を額に宛がい、望美は深々と息を吐く。
「先生に見つかったら大変じゃない」
「望美が出てくるまでずっとここにいたけど、別に何も言われなかったぜ」
「人が通らなかったわけじゃなくて?」
 訝しげにヒノエを見遣るが、彼は楽しげな口調で否定の応えを告げる。
「同じ制服を着た奴が数名と、あとは白衣を着た――年齢的に教師だろうな。二人連れ立って通ったけれど、そんな場所で寒くないのかって聞かれたくらいだね」
「あっ、そう……」
 なんていい加減なんだ、と望美は思わず頭を抱えてしゃがみこんだ。
 本来であれば制服は『所属を示す服』であり、そこに属さない者が身に纏うのは身分詐称とも言える。いや、百歩譲ってヒノエが実際にここの生徒だったとしても、これほどに崩した着こなしをしていたら風紀委員に駄目だしされるのは確実だろうに。
(もしかして春休みだから言われなかったのかなぁ)
 終業式直前に、口うるさい教師にスカート丈の事で指導されたばかりの望美は、なんとなく理不尽なものを感じてしまう。
 いや違う。問題はそこではなかった筈だ。
 途中で自分の感想のズレに気付いた望美は、しゃがみこんだ姿勢のままで視線を上げ、ヒノエの名を呼んだ。
「ヒノエくん、聞いてもいいかな」
「なんだい、望美?」
「なんでわざわざ将臣くんから制服を借りたりしたの?」
 最初に問うべき疑問を口にし、望美はじっと相手の目を見つめた。
 逸らされることのない緋色の瞳は、きらきらと陽光を弾いて輝いている。言葉を選ぶように数度瞬いてから口を開いたヒノエの声は、誰が聞いてもそうだと分かるほどに、明るく弾んだ音色を宿していた。
「一度『制服でデート』っていうのをしてみたかったんだよ」
「うん、それで?」
「いや? 別にそれだけ」
 さらっと言い、ヒノエは望美と目線の高さを合わせるように地面に片膝をついた。伸ばした手で望美の髪を一房掬い取り、指先にくるくると絡め取りながら言葉を継ぐ。
「本当に大した意味はないんだ。ただちょっと、お前と同じ服を纏ってみたい――なんて、そんな風に思っただけなんだ。オレの我儘ってところかな」
 我儘、と告げると同時に、指先に絡めた髪に小さく口づけを落とす。肌に触れられた訳でもないのに、望美の頬がぱっと薄紅色に染まっていく。その色鮮やかながらも愛らしい変化に目を細めながら、ヒノエは改めて伸ばした手で、少女の頬を柔らかく包み込んだ。
 視線を逸らせぬようにそっと戒めながら、程近い場所から翡翠色の煌きを覗き込む。
「今日は他愛のない嘘ならば赦される日なんだろう? オレの嘘に付き合って、このままデートをしてくれると嬉しいんだけど」
「他愛のない……?」
 どうしてそのような形容を付けるのだろう、と望美は小首を傾げる。
 嘘は嘘。それ以外のなにものでもないはずなのに、と内心で呟いたところで、ぱっと脳裏に閃くものがあった。
「あっ――そういえば今日って一日!?」
 春休みで曜日感覚どころか日付に対する記憶も曖昧になっていたが、そういえば今日は四月一日だ。
 入学式の準備で四月一日の登校を指示されたとき、折角のヒノエの誕生日に学校とは、と哀しく思うと同時に、ヒノエが鎌倉に来られないのならば学校で作業でもしている方が気がまぎれていいかもしれない――と考え直したことも同時に思い出す。
「エイプリルフールだけど、でもそれよりも、今日ってヒノエくんの誕生日じゃない!」
「そうみたいだね。オレとしては、生まれ日というのはあまり関係ないんだけど……」
「お正月に一律歳を取るんだとしても、誕生日は大事だよ。だってヒノエくんが生まれてきてくれた、大切な日じゃない」
 大変だ、と慌てて望美は立ち上がりかけるが、ヒノエに顔を捉えられているので身動きがままならない。
「あの、ヒノエくん。放してくれる?」
「駄目」
「なんで!」
「返事、まだ貰ってないから」
 デートのね、と甘く微笑む声に、望美は呆れたように瞬き、軽く唇を尖らせた。
「そんなの答えは一つに決まってるでしょ。勿論大歓迎だよ! むしろノーって答えると思われているとしたら、その方がショックなんだけど」
 微量に拗ねた色を含む声で応じると、ヒノエは破顔一笑して立ち上がった。
「ふふっ、安心したよ」
 片手を差し伸べて望美が立ち上がるのを助けると、そのままぎゅっと細い指先を握りこむ。
「別に姫君の思いを疑うわけじゃなくて、先約が入っていたらどうしようとか、そっちが心配だっただけなんだよ。急にこっちへ来たわけだしね」
「ヒノエくんが来るのは、いつだって突然じゃない」
 時空を超えてやってくるヒノエの訪れには、先触れなどがあるわけではない。まるで嵐のように、いつだって突然訪れる。
 一応、ここを去る前に『次はいつ頃に来る』という曖昧な予告はしていくが、百パーセント確実に守られるというわけではない。特に航海に出たりすれば、その帰参は天候や海の状態に大きく左右される。
 そうやって、一週間近く予定がずれた事があったのを思い出し、ヒノエは微苦笑を口元に刻んだ。
「そういえばそうだな」
「それに、今日はヒノエくんの誕生日でしょ? 学校へ行く用事は入っちゃったけど、元々この日に会えたらいいなって、予定は開けてあったから」
 だから大丈夫なの、と小声で付け足す望美に、ヒノエは衝動のままに繋いだ手に力を込めた。
「ああ。オレも、きっと望美が待っていてくれるんじゃないかって思ってた」
 同じ服を纏って出かけてみたかった、なんていうのは唯の口実だ。
 以前、四月の頭に来られないことを告げた時、望美が淋しそうな顔をしていたのがずっと気にかかっていて、何故だろうと熊野に戻ってからも考え続け――ようやくそれが己の生まれた日ではないか、という考えに辿りついたのは、なんと二日前の事だった。先ほども望美に告げた通り、自身が生まれた日という物への思い入れが然程無い分、気付くのが遅くなってしまったのだ。
 しかし、そこからのヒノエの行動は早かった。
 全力で仕事を片付け、先回しに出来るものは予定を調整して延ばし、なんとか一日の余暇を作り上げたのだ。
 睡眠も大分削る羽目になったし、今もその疲れは身体を蝕んでいる気がするが、そんなもの、姫君の笑顔一つであっという間に癒されるとヒノエは内心で嘯く。
 触れ合う体温以上に、ヒノエを安らがせるものなどないのだから。
「それじゃ行こうか、姫君。学生らしいデートを楽しもうぜ」
「駄目だよ、ヒノエくん」
 突然の否定に、ヒノエは歩き出そうとした足を止め、怪訝そうに振り返る。
「あのね。学生は女の子の事を『姫君』なんて呼ばないんだよ。制服着てなりきるんなら、そこまでやらなきゃ」
 神子姫様って呼ぶのも禁止、と繋がれてない方の手で人差し指を立ててみせると、ヒノエは一瞬瞠目した後、声を立てて笑った。
「なるほどな、了解。では改めて、行こうか望美。まずは昼飯でも食って、それからどこに行くか決めようぜ」
「賛成! 荷物運びとかしたからお腹空いちゃった」
「それなら急いで食べに行かないとな。うっかりお前が空腹で倒れたりしたら大変だ」
 繋いだ手をさらに深く絡め合わせながら、二人はゆっくりと歩き出す。
 何気ない会話を交わしながら寄り添う二人の制服を、春風がふわりと揺らす。その足元に、どこからか流れてきた桜の花びらが、小さな旋風を巻いて静かに消えた。


- END -


||| あとがき |||

ひの誕SSです。
色々と端折っちゃった感が漂うんですが、要するにエイプリルフールだから、学校の制服着て周りをだましちゃってもいいよね? 的な内容にしたかったんです。なんか書こうと思ったら説明文がしつこくなりそうだったので、さらっと略したら…こんな感じになりました。
この後の「学校帰りデート」風景は、ちょっと時間&体力不足で書けませんでした…。

そういえば、私は制服は学ランが好きです。出来れば黒に金ボタンとかが最高です。私の出身高校は、紺地に紺のプラスチックボタンという組み合わせだったので、なんだかさみしくて…w
でもネクタイもいいと思います。従弟がネクタイ制服だったんだけど「ネクタイは整形してあるのをボタン留めだよ」と言われて夢が砕けました。
やっぱりネクタイは、ちょっと指でひっかけて、しゅるっと解くのがロマン(何)だと思いませんか? ヒノエとか指がしなやかそうだから、すごく似合うと思うんですが…。

そんな本文と関係ない妄想を語ったあたりで、あとがきと代えさせて頂きます。

ヒノエ、誕生日おめでとう!!


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