実在する楽園
2010.05.01
迷宮 or 十六夜ED後の現代
- ヒノエ×望美
神様に愛された人っているんだな、と望美はぼんやり考える。
「どうかしたかい、姫君」
「あ、うん。なんでもないよ」
人込みを効率よく避けつつ、誘導するように半歩先を歩くヒノエが振り返る。晴れやかな中にも気遣う色をたっぷりと滲ませた笑顔に首を左右に振って返すと、望美は思索の淵に沈んで遅れた歩みを心持ち早めた。
潮風が髪を揺らしていくのを片手で抑えながら、繋がれた手にぎゅっと力を込めて相手の注意を引く。ん? と言うように振り返ったヒノエの顔が本当にすぐ傍にあって、ちょっとだけ胸が高鳴る。普段より互いの距離が近いのは、繋いだ手よりも、周囲の人が多すぎるせい。はぐれたりしないようにね、と笑ったヒノエは、その言葉通り、食事やトイレなどの時以外はずっと望美の手を離さずにいる。それが照れくさくも嬉しくて仕方ない――なんて、まだ口に出しては言えないけれど。
望美は小さく息を整えた後、囁くように語り掛ける。
「ちょっと遠かったけど、楽しいね」
「ああ。珍しい生き物が沢山見られて本当に面白いよ。シャチのショーだっけ、さっきの奴。あれは凄かったな。あんな大きな生き物を自在に操る事が出来るなんて想像もつかなかった」
瞳をきらきらさせて語るヒノエの表情は、酷く歳相応の色合いを帯びていて、京や熊野で見た別当としての大人びた彼とはまた異なる側面に、望美は弾む思いを言葉に乗せる。
「うん。私もあれは感動した。これも全部ヒノエくんのおかげだね」
ありがとう、と笑いかければ、ちょっと照れた様な表情で、真紅の瞳が細められた。
今、二人が居るのは房総半島にあるアミューズメントパークだ。
鎌倉からは東京湾を跨いで更に先。少々遠出となる場所までやって来たのは、商店街のくじ引きで『ご招待券』を引き当てたからだ。
時は遡って三月上旬。ヒノエが鎌倉へと時空跳躍して来ていた時に、地元商店街でくじ引きが行われていた。昔ながらのガラガラと回して、小さな玉を出すアレである。物珍しげに眺めているヒノエに、そういえば抽選券があったかもと鞄を探り、取り出した抽選補助券はぴったり一回引けるだけの枚数だった。
「え、でも姫君がやればいいじゃん。オレは見てるよ」
「私は前にもやったことあるから。ヒノエくんやってごらんよ」
遠慮するヒノエに無理やり券を押し付け、抽選待ちの列に並ばせる。子供の頃から、この抽選――何と呼ぶのかは分からない。音をそのまま表現して『ガラガラ』と呼んでいた機械が大好きだった。最近ではコンピュータ制御の、味気ないボタンを押すだけの物も多いが、望美は昔ながらの手回しするもの、そして箱から紙を取り出す形のくじ引きが好きだった。自分の手で運を掴んだ、という気分が大きくなるからかもしれない。
好きなものだから、ヒノエにも体験して欲しかったのだ。
「はいよ兄ちゃん。それじゃ一回分な」
威勢のいい商店街のおじさんの言葉に従い、ヒノエが木製の持ち手をぐるんと回す。がらんがらん……と馴染み深い音が鳴った後、ころんと小さな玉が零れ落ちる。
「赤」
ヒノエくんらしい色だな、と思いつつ景品の表を見上げようとしたら――頭上で激しくベルの音が鳴り響いた。思わず肩を竦めてしまうほどの勢いだ。
「大当たり~ッ! おめでとう! 二等、アミューズメントパークご招待券が出ました~ッ!」
「……は?」
白とか赤は、どうしてもハズレの印象が強かった望美である。ティッシュかお菓子か、そんなものだと思っていた所へ前触れ無く告げられた『当たり』の言葉に、理解が追いつかない。
ぱちぱちと瞬いて、それから隣に立つ恋人へと視線を向ければ、こちらも少々驚いた顔をしている。
(あ、珍しい)
喜怒哀楽に決して乏しいわけではないのだが、ヒノエは比較的マイナスの感情や、驚愕、動揺といったものを表に出す事が少ない。それがぽろっと現れるのを見るのは、望美にとって嬉しくもあるし、同時に胸の高鳴りも感じる瞬間である。
「ヒノエくん、当たりだって!」
その喜びも混ざっている、明るく華やいだ声でヒノエの名を呼べば、すぐに甘い笑顔が望美に向けられた。
「一等じゃないのが残念だけど、外れ籤を引くよりは『ラッキー』だったな」
墨で黒々と二等景品と記された目録を受け取ったヒノエは、少し離れた場所まで行くと早速封を切る。
「ん……有効期限は結構長いみたいだな」
「六月までかぁ」
ざっと視線を走らせたヒノエは、隣で手元を覗き込んでいる望美の頬に片手を添える。
「望美、一緒に行ってくれるよね?」
間近で目を覗き込みつつねだる声に、望美は小さく笑って頷く。
「勿論! あ、でも、ヒノエくんは予定大丈夫なの?」
「んー、今回の滞在では無理かな? まだ海のほうに行くには寒そうだし、暖かくなってから行こうか。卯月は姫君に前々から言われている予定と、あと交易があるから……」
脳裏で予定を考えているのだろう。宙へ視線を流しつつ、僅かに眉を寄せるヒノエの横顔を見つめ、望美は首を傾げる。
「じゃあ五月?」
「ああ。その頃だと航海からも帰ってきてるだろうね。確か、ごーるでんうぃーくとかいう長期の休みがあるんだろ? その頃にでも行こうか。少し遠出になるから、ご両親の許可も得た方がいいだろうしね」
軽く片目を瞑ってみせたヒノエは、素早く望美の頬に口づける。その早業に、望美が頬を染めて文句を口走るより早く、ヒノエが明るい声を紡ぐ。
「今から楽しみだな」
その声が、本当に楽しげで、しかも何かを噛み締めるような響きに満ちていたので、望美は怒るタイミングを逃してしまい、逆にこう問いかけてしまうのだった。
「そんなに楽しみ?」
「勿論さ」
立ち話は風邪をひくから、と望美の手を引いて家へ向かう道を歩き出しつつ、ヒノエは当然とばかりに大きく頷く。
「お前と一緒にいる事がまず嬉しいし、それに、二人で遠出するっていうのは初めてだからさ」
「あ、そっか」
今更ながら望美も気付いて頷く。
熊野から時空を越えてやってくるヒノエの来訪は、実に日取りがまちまちだ。半日足らず滞在して帰る時もあれば、一週間近く居続ける時もある。勿論、訪れる日も『次は何日に来る』という細かい指定などあるはず無く、多分何日後に来られるかもしれない、という曖昧なものだ。
だから自然と出かける先は近場が多かったし、望美が学生で自由に出来るお金が少ないというのも遠出を避ける一因になっていた。
「私も楽しみだよ。ヒノエくんと旅行なんて初めてだし」
「日帰りだけどねぇ」
「日帰りで十分ですっ」
溜息混じりな言葉にぱっと目元に朱を散らし、望美は隣を歩くヒノエを睨む。
「そう? 旅先の開放感で乱れるお前を、夜通し眺めるのも悪くな――…」
「わぁぁぁ! なに言い出すのっ!!!」
ぎゃあ、と少々可愛くない悲鳴をあげて、望美はヒノエの口を手で押さえる。周囲を慌てて見渡せば、幸な事に人通りは殆ど無い。その事にほっとして手を離そうとしたら、逆に腕を捕らえられ、掌に口づけが落とされた。
「本当に可愛いね、姫君は」
「……いまの言動を見て、そんな事言うのはヒノエくんだけだよ」
「それでいいんだよ。他の男が、オレの望美を愛でるのは許されないことだからね」
さらりと独占欲を垣間見せたヒノエの視線に、望美は息が出来なくなるほどの幸福感に包まれる。
恥ずかしい、だけど、それほどの言葉を引き出せる事が嬉しい。
一度諦めたはずの恋は、ヒノエが逆鱗を手に入れたことによって再び時を刻み始めた。その時に変な遠慮や惑いは捨てたつもりでいた。それでも時空を越えてやってくるヒノエには言えない事もあるし、迷惑をかけられないと思う事は色々ある。
だが、今は。
「じゃあヒノエくんも、他の女の子に可愛いとか言っちゃ駄目、だよ」
甘えて我侭な言葉を投げかけてみれば、ほんの僅か目が見開かれた後、ヒノエの端整な顔に蕩けるような微笑が浮かんだ。
そんなやり取りを経てのミニ旅行。
しかし折角の日に、天気予報が示した天気は雨。前夜も遅くまで雨が降り止まず、これじゃ無理かなぁと肩を落とした望美へ、ヒノエが『熊野で神々に祈願してきたから絶対大丈夫』と言い切った通り、起きてみれば雲ひとつ無い快晴。現地までの電車の乗り継ぎも、いつの間に調べたのか完璧で、迷うことなくあっという間に着いてしまったのだ。
本当なら、この時代育ちの望美が、もう少しリード出来ていいはずなのに、初めての場所だと言う事に戸惑う自分を、あっさり、かつ自然に導いてくれている。
ここまで来ると、最早脱帽する以外ない。
(神様に愛された人っているんだなぁ)
運も才能も、ふんだんにその腕に抱き締めている人。
だけどそれだけではなく、自らの努力も欠かすことの無い人。
(好きだなぁ)
素直にそんな言葉が胸に生まれる。
「……ん?」
くん、と左腕が引かれて望美は足を止める。一歩半ほど離れたところで、ヒノエが片手で顔を覆って立ちつくしていた。彼が立ち止まった事で、繋いだ手が引かれたのだと気付き、望美はくるりと振り返る。
「え? ヒノエくん?」
どうしたの、と駆け寄って顔を覗き込めば、指の合間からちらりと上目遣いに緋色の瞳が向けられる。その眦が僅かに紅色を含んでいる事に気付いて、望美は数度瞬いた。
「ヒノエ、くん?」
恐る恐る再び名を呼べば、深い溜息と共に彼が顔を覆う手を外した。
「望美、不意打ちすぎ」
「不意打ちって、なにが?」
鸚鵡返しに問い返した瞬間、はっと望美は思い至る。
もしかして。
胸の内でだけ呟いたはずの言葉を、実際に口にしていたのだろうか……?
そう考え付いたとほぼ同時に、ヒノエの腕中に抱き込まれる。
「オレもお前の事が好きだよ、望美。今すぐ熊野に攫って行きたい」
早口に耳元へ囁きを落としてから甘い拘束を解いたヒノエは、再び望美の手を握る。
「……なんてな。まだお前との約束の時は来ていないから、今は願うだけで我慢しておくよ。その分、この世界での逢引を堪能させて貰うさ」
「そんなの私だってそうだよ! ヒノエくんと過ごす時間は、どんな時だってサイコーなんだからね」
ほんの少し、ヒノエの口真似をしながら言えば、繋いだ指先が柔らかく力を増してくる。
「ああ。どんなお前の表情だって逃さずにしっかりと……奪って行くよ」
毎日いつでもずっと傍に居られるわけではないからこそ、より大切に思えてくる体温。
鎌倉よりもずっと暖かく、そして植えられた樹木も熱帯を感じさせる園内では、確かに少し暑いのだけれど、だからといって絡めた指を離す気などない。
夏をも感じさせる園内は南国パラダイスだな――などと思ったものだけど、多分それは見た目だけの話。
本当の楽園は、いつだってこの繋いだ手の先にある。
- END -
||| あとがき |||
房総のアミューズメントは、あれです。鴨○しーわーるど…。なんでそこかって言うと単に私が正月に友人たちと行ったからですww 本当は某マグロがいる水族館でも良かったんですが、行ったこと無いので。

