怪我の功名

2010.04.05
別当生誕祝い・オリジナル設定
正月企画で書いた「ヒノエが幼馴染だったら?」のお話を元にしています。

設定としては、八葉だの白龍の神子だのは全く関係なくなっていて、ヒノエも現代鎌倉で生まれ育った一介の高校生である…を前提として

『望美、ヒノエ、そして有川将臣、譲の兄弟を含めた四人は産まれた時からの幼馴染だ。望美の家を中心にはさみ、両サイドに有川兄弟の家とヒノエの家がある。私立の男子校に進学したヒノエだけが、中学から学校が変わってしまったが、それまでは幼稚園、小学校――と、何をするにも四人一緒だった。そんな付き合いの古さから、互いの家はフリーパス同然に行き来している。』

という感じです。(※上記の文は正月SSより)


前回は夢オチでしたが、今回は続き(?)ということで、普通に単独のお話になっています。
とはいえ相変わらず捏造甚だしいお話となっています。

そういうのが苦手だよ、という方は、以下お読みにならずにUターンをお願い致します。

- ヒノエ×望美


 眼前で顔を大きく顰めている少女へ、彼は懐柔するように甘い笑みを浮かべてみせた。
「そんな顔するなよ、望美」
 どうせなら笑顔がみたいな、と甘えてみれば、無理と即座に却下された。
「だって怪我したって聞いて驚かないはずないじゃない!」
 望美の翠色をした瞳は、真っ直ぐにヒノエの手足へ向けられている。
 ベッドの上に無造作に寝転がっているヒノエの左手は真白い包帯に覆われている。ハーフパンツから覗く足も、右足首はテーピングで固められ、左足も何箇所か絆創膏が貼られており、見た目かなり痛々しい。
 駅で階段から落ちかけた老婆を助けた代償として受けたのは、左手右足の捻挫と、掌を始めとする数カ所の擦過傷。どれも軽傷の域ではあるが、利き手の手のひらを大きく擦り剥いていて、暫くは生活に不自由しそうである。
「全く、黙ってろって言ったのになぁ」
 鞄から鍵を出すのにもたもたしている内に、もう一人の幼馴染――将臣に見つかってしまった事を思い出し、ヒノエは肩を竦めた。
「あのねぇ」
 望美は差し入れとして持ってきた、ヒノエお気に入りメーカーのミネラルウォーターを手渡しつつ、細い眉を吊り上げた。
「その怪我が治るまで、ずっと隠せると思ってたわけ? 一体、何日雲隠れするつもりだったのよ!」
「いや、左手がもうちょっと治るまで……位だよ。オレがそんなに望美に会わずに居られるわけ無いだろ」
 利き手の負傷を慮ってか、キャップまで丁寧に外してから渡されたボトルに、ヒノエは半身を起し、礼を言ってから口をつけた。
 一口飲んで、喉の渇きに初めて気付く。一息に半分近く飲み干してから、ヒノエは言葉を継いだ。
「だってなんか格好悪いじゃん、こんなボロボロの姿」
「そんな理由で怪我を隠さないでよ!」
 再び望美の怒りが爆発しようとしたその時、枕元に放り出されていたヒノエの携帯が着信音を奏でる。文句はまだ言いたい、でも電話が優先とばかりに口を噤んだ望美を見遣りながら、ヒノエは携帯を手にした。
 本当はヒノエにとって、望美の怒りを受けとめるのは苦でも何ともない。
(怒ってたってめちゃくちゃ可愛いしな、望美)
 とはいえ、怒り極まってうっかり泣き出されでもしたら困るのだ。泣くだけならまだいい。抱きしめて慰めるのも男の務めだが、その前に逃げ出されでもしたら、今の足では追いかけられない。
(それは流石に勘弁願いたいしなぁ)
 とりあえず時間の猶予が出来た事にほっとしながら折りたたみの携帯を開いたヒノエは、ディスプレイに表示される発信者名を見て、あからさまに眉を顰めた。
「――もしもし?」
 どこかぞんざいな声に、望美は長い睫毛を揺らして瞬くが、やがて電話から漏れ聞こえる声に、相手を理解して少しだけヒノエから離れる。
「お前、黙ってろって言ったのに何バラしてるんだよ。……え? うん……ん? はぁっ? 何言ってんだよ、このバカ臣! って、おい、人の話を聞け! ――っ、くそ、切りやがった。あいつ、怪我治ったら覚えてろ」
 最後舌打ちしたヒノエは携帯を閉じ、窓際の方まで――通話内容をあまり聞かないように、と気を使ってだろう、移動していた望美に視線を向ける。
「悪い、気を使わせて」
「ううん。将臣くんからだったの?」
「ああ」
 頷き、ヒノエは携帯をベッドの上に放り出す。元の場所まで戻ってきた望美は、ベッド脇に膝をついて座り直しながら、手を伸ばし、ヒノエの眉間に触れる。
「皺寄ってるよ? どうかしたの?」
「いや……」
 応じる声は短いながらもどこか歯切れ悪い。訝しげに首を傾げた望美をちらりと見、ヒノエは迷うように左手で己の髪をかき混ぜた後、ゆっくりと口を開いた。
「簡単に言えば、怪我人は大人しく望美に面倒見て貰え、とか、そんな話」
「え? うん、必要ならお世話くらいするよ。それで、なんで怒ってるの?」
「別に怒ってるわけじゃないよ」
 ベッドの上に起き上がり、足を投げ出すようにして座りなおしたヒノエは、望美が素直に返す言葉に、ただ苦笑するしかない。
 電話口で将臣が告げてきた言葉が彼女に聞こえていなくて本当に良かった、とヒノエは思う。開口一番、望美に告げ口した事を怒ったヒノエに対し、将臣は平然とこんな事を告げてきたのだ。
『利き手使えねぇんだろ? 折角だから望美に色々“お世話”して貰えよ。ご飯あーんとか、お背中流しましょうか~とか。新婚ごっこでも楽しめばいいじゃねぇか』
 電話口の向こうで将臣が浮かべているニヤニヤ笑いまで見えてくるかのようだった。
(前半はともかく、後半は言えないって!)
 幼馴染だから、小さい頃は将臣や譲を交え、皆で風呂に入ったなんて事は確かにある。
 だがそんな子供の頃とは違うのだ。
 今のヒノエと望美は幼馴染の仲を超え、恋人同士という関係だ。それこそキスは何度となく交わした事があるが、まだそれ以上は手を出せていない。抱きたくない訳じゃなくて、むしろその真逆の想いを日々抱えてはいるのだが、幼馴染だからこそ、なかなか「最後の一歩」が踏み出せない。大事だからこそ、何故か躊躇ってしまうのだ。
 たとえ、そういう一線を超えていたとしても――。
(いや、絶対無理だろ)
 言ったが最後、逃げられるどころか暫く口を聞いて貰えなさそうだ。
 じっと見上げてくる瞳を、ペットボトルの水を飲むことで遮りながら、ヒノエはどう話したものかなぁ、と頭を悩ませる。のんびりしているようで、妙なところで勘が働く望美である。付き合いの長さもあり、適当に誤魔化そうとしてもバレそうな気がする。
「ヒノエくん?」
 黙りこんでしまった彼に、望美は小首を傾げて問う。さらりと肩を滑り落ちる紫苑の髪の流れに、ヒノエは無意識に手を伸ばし、包帯で巻かれた左手の動きの鈍さに苦笑しつつ、指先へ絡めとる。
「将臣がさ」
「うん?」
「左手が使えないんだから、お前に飯を食わせてもらえとか、そんなこと言ってからかうから、さ」
「食べさせ……?」
 言葉の意味を考えるように鸚鵡返しに呟き、そして口に出す事で内容を理解した望美の顔がぱっと羞恥で染まる。
「え、そ、それは……」
 餌付けデスカ、などという微妙に不穏というか、なんでそんな表現なのさ姫君と問いたい台詞が聞こえたような気がするが、とりあえずツッコミは放置して、ヒノエは別の言葉を口にする。
「ね? やりたくないだろ?」
 分かってるよ、と言わんばかりに優しい笑みを口元へ湛え、ヒノエはゆっくりと左手を退いた。だがその手を、望美がそっと捉え、柔らかく両手で包み込んだ。その動きに思わずヒノエは目を大きく瞠る。
「別に、嫌じゃないよ。だってヒノエくんだもん」
 包帯の下に隠れる打撲を癒すように掌でやんわりと撫でながら、望美は俯き加減に言葉を紡ぐ。
 触れられた瞬間は、どれほど優しい動作でも、ぴりりと皮膚に痛みが生まれる。だがすぐに、包帯越しでも伝わってくる労りの想いに、ふわふわと、ヒノエの心の奥底に温もりが生まれてくる。
「お世話するよって言ったじゃない。ヒノエくんが嫌じゃなければ、食べさせてあげることくらい――そりゃあ恥ずかしいけど、でも、なんてことないよ。むしろ他の人になんか絶対させたくないっていうか」
 やや早口に言われた内容に、ヒノエは己の頬も薄赤みを帯びている事を自覚する。
「あ――、うん。嬉しい。嬉しいけど……」
 珍しく口篭りながら、ヒノエは捉われた手をそのままに立ち上がり、床に座っている望美の隣へ膝をついた。一瞬右足が痛みを訴えるが、そこは気合で我慢する。
 同じ高さで目を覗き込み、額が触れ合うほどの距離にまで顔を寄せる。
「そんな可愛いこと言われると、色々我慢出来なくなる」
 何を、と聞かれるよりも早く自然な動きで彼我の距離を詰めたヒノエは、頬、目尻……と順にキスを落とし、最後、視線だけで『いいよね?』と問いを投げて唇を重ね合わせた。望美も無言の問いに応じて、緩やかに瞼を閉ざす。
 しっとりと、だが触れるだけのささやかな触れ合いを解くと、左腕だけで望美の肩を抱き寄せ、耳元へ掠れかかった声で囁く。
「どうせ食べさせてもらうなら、別のものがいいんだけど……流石に手が使えないんじゃどうしようもない。今日はここまでで我慢するよ」
 耳元で甘く響く声にヒノエが指し示す『もの』が何か――望美にしては珍しく敏感に察し、反射的にぎゅっとヒノエの服の背を掴んだ。身体に絡みつくヒノエの腕の強さを、今更ながらに自覚して、じわりと体温が上がっていく。
 望美は意を決したように顔を上げると、ぎゅっと目を閉じ、そのままの表情でヒノエの頬にキスを返す。望美からの初めての口づけに、ヒノエの鼓動も大きく跳ね上がる。
「そ、その時は返品不可だからねっ。あと美味しくなくても知らないんだから。ヒノエくんちゃんと責任とってよね」
 少し上ずった声ながら、否定ではなく肯定としか受け取り様のない返事に、ヒノエは抱き寄せる腕に力を込めた。
 駅で人助けをした事は一切後悔などしていないが、自分の身体の自由が利かない事だけは酷く恨めしく思う。
(あれ、でも怪我をしたからこそOKの返事が聞けた――の、か?)
 そんな風に考えがぐちゃぐちゃしてしまうほど、今の自分は舞いあがっているらしい。
 眼前で赤々と染まる耳朶に誘われるように、ヒノエはそっと耳の付け根に唇を寄せる。
「馬鹿だな。オレが欲しいってねだってるのに誰が返品なんかするかよ。それに唇ですらこんなに甘いのに……どれだけ美味しいのかなんて、想像もつかないね」
 肌に触れ、ほんの少しだけ強く吸い上げれば、淡い花弁が刻み込まれる。恋人に記した初めての所有の証。髪に隠れる位置だから他人からは見えないだろうが、陶磁のように滑らかな肌に浮かぶ紅色の雫に、ヒノエは溢れるほどの高揚と満足感を覚える。
(これが消える前に、この怪我治してみせる)
 微かな痛みでキスマークをつけられた事を察し、慌てて文句を紡ぎ始める望美の声を心地よく聞きながら、ヒノエは密やかに心に誓うのだった。

- END -

 

||| あとがき |||

今日は学パロ2本目。幼馴染設定話です。

正月企画SSの「ヒノエが幼馴染だったら」な話はびっくりするほど評判が良くて(詰め込み過ぎた王道ネタが甘くて良かったのでしょうか…)ヒノ誕SSまで出張することが叶いました。本当にありがとうございます!

今回書いていて自分でびっくりだったのは「そうか、ヒノエまだ手を出してなかったんだ!」みたいな(…)。いやまぁ、うん。いいよね、たまには。とはいえ我慢出来なくて(誰が? 勿論ヒノエが。)最後ちょいと色気追加しましたが。


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