秒刻みの恋
2010.04.03
迷宮愛蔵版トレジャーBOXの「学パロ」モチーフ
UMDの学パロ話では、望美や将臣、譲の通う学校にヒノエ・敦盛も通っていて、リズ先生や景時さんが教師をやってる…っていうような話でした。
これは、それを元にした捏造話です。
もはや八葉だの白龍の神子だのは全く関係なくなっていて、ヒノエも現代鎌倉で生まれ育った一介の高校生…という扱いになっています。
あと展開の都合上、名もなきモブキャラが少々出てきます。
そういうのが苦手だよ、という方は、以下お読みにならずにUターンをお願い致します。
- ヒノエ×望美
四月、新学期。
新一年生だったら、新しい環境への期待と不安。最上級学年となる三年生ならば、この先待ち受ける大学受験や就職へ向けての緊張感。そういったものが色濃く現れてくるのだろうが、そのど真ん中――となる二年生の目下の懸案は「クラス替え」だった。
「望美、何組だった?」
「ヒノエくんと同じだよ。あ、将臣くんの名前もあるね」
繊手が示した場所を見遣ったヒノエは口中でだけ「アイツも一緒かよ」と呟き眉を寄せるが、すぐに唇に微笑を湛え、隣に立つ少女の肩に手をかけた。壁に貼られたクラス分けの表を見るのに夢中で無防備な身体を抱き寄せる。
「三年に上がる時はクラス替えが無いっていうから、これであと二年間一緒だね」
「あ、そっか。そうなるんだねー。そして手は離そうね~」
ぺちりと手の甲を叩き、更に軽い指先の動きで抱き寄せる手を払い除けた望美は、それでもヒノエを見上げて笑いかける。
「ヒノエくん、今年も宜しくね」
紫苑の髪を揺らしながらの笑顔は眩いばかりで、ヒノエは叩かれた手をひらひらと振りつつも、己だけに向けられた満面の笑みに満足げに口元を緩めた。
「あぁ、こちらこそ。それじゃ教室に行こうか」
「うん」
頷いた望美は、先に立って歩き出す。三歩でそれに追いつき、隣に並んで進む。
担任は誰だろうか、などと他愛ない会話をしつつ進む二人に向けて、ちらちらと周囲から視線が向けられる。望美は生来の鈍感さで、ヒノエは分かっていて華麗に視線を黙殺する。
いや、違う。
ヒノエは『望美へ』向けられる男たちの視線を意識し、それへ牽制するようにさり気ない動きで望美との距離をほんの少し狭める。制服の袖が触れ合うか触れ合わないかの微妙な距離。しかし赤の他人ならば、そこまでは近寄れない。そんな親しさを知らしめる場所まで身を寄せ――一秒にも満たない刹那、実に小憎らしい笑みを浮かべた。
(羨ましいだろう?)
そんな勝ち誇った声が聞こえてくるかのような笑顔だ。
とはいえ、ヒノエとて他の男子生徒よりほんの一歩先んじている程度に過ぎない。
袖触れ合う位置に立つ事を許されても、それ以上の――恋人のポジションは、まだ手に入れる事が出来ずにいる。
(今年が勝負だよな)
受験期に入ればヒノエだとて将来の為に勉強へ力を注ぐ必要が出てくる。勿論、多少遊んだところで揺らぐような成績ではないし、力試しに受けた全国模試でもきっちり上位に食い込んでいる。ヒノエにだって将来の夢や野望といったものがあるのだ。そのための努力を惜しむ気など更々無い。
無条件に愛だの恋だの叫んでいられる間に、望美を手に入れる。
それが今年のヒノエの『目標』だった。
新学期初日は授業らしい授業などない。
全校朝礼で校長の長口舌を聞くという退屈極まりない行事をこなし、健康診断の日程や時間割などを確認すれば今日のノルマは終了。
「姫君、帰ろうぜ」
学生鞄を持って席から立ち上がる望美の肩を叩き、ヒノエは誘いの言葉を口にする。
「あ、うん。将臣くんは?」
紫苑の髪を揺らして振り返った望美は、隣家に住まう幼馴染の名を口にする。二対の視線を受けた将臣は、ほぼ空っぽに近いぺたんこの学生鞄を肩に担ぎつつ、ひらりと手を振った。
「俺は野暮用」
周囲を気にして言葉を濁す様子に、あぁ、とヒノエは頷く。なに? と首を傾げる望美へ、ヒノエは口パクで『バ・イ・ト』と教えてやる。別に禁止されている訳でもないが、将臣が言い憚るならそれに従うまでだ。ぱちりと瞬き、納得した表情を浮かべた望美はさっさと教室を後にする将臣に手を振りながらヒノエへ頷いた。
「それじゃ帰ろうか」
連れだって廊下へ出て、昇降口へ向かう。その途中、ヒノエの名を呼ぶ声が廊下に響いた。
「藤原くん! ちょっといいかな!」
「ん?」
振り返り、数名の女子が近づいてくるのを目にしたヒノエは、同じように足を止めた望美にチラリと視線を向ける。
「悪い、望美。下駄箱のところで待っててくれる?」
「いいけど、あまり遅いと先帰るよ? お母さんに買い物頼まれてるから」
「知ってるよ。荷物持ちするって、朝、来る時約束したじゃん」
「ん~」
曖昧な表情で望美は頷く。
むしろアレは約束と言うより無理やり約束させられたと言うんじゃないかな、と登校中の会話を望美は思い起こすが、今ここでそんな下らない口論をする余裕はない。ヒノエに声をかけた女の子たちが、新しいクラスメートである事に望美も気付いていた。ほんの少しだけ後ろ髪を引かれつつも、望美は足早にその場を立ち去った。
軽い足音が遠ざかるのを待って、ヒノエは改めて少女たちに向き直る。前年も同じクラスだった女子生徒が一人、そしてなんとなく見覚えがあるかな、という子が二人。勿論ヒノエも、彼女たちが全員今年のクラスメートである事は理解している。
「何かオレに用かい、姫君たち?」
一部の男子から『ヒノエ節』と名付けられた甘い言葉を語りかけながら、ヒノエはゆるく首を傾げてみせる。
「あの、その……折角クラスメートになれたし、藤原くんのことを名前で呼んだら、駄目かなぁ? って聞きたくて」
恐る恐る紡がれた問いに、ヒノエは鮮やかな笑顔を浮かべたまま、端的に返す。
「ダメ」
はっきりと、誰が聞いても間違えようのない拒絶の返答に、ヒノエの笑顔に見惚れていた少女たちが硬直する。
「別に同姓の奴がいる訳でもなし、特に困らないだろ? 何より、オレの名前を呼んでいい姫君はたった一人って決めてるんだ」
もしも同じクラスに藤原姓を持つ生徒が他にいれば『混同しないために』という理由で名を呼ぶ事を押し通せただろう。しかし幸か不幸か、今年のクラスに藤原はヒノエただ一人。
「用はそれだけ?」
響きこそ優しいが、それ以上の問いを続けさせない空気を容赦なく滲ませるヒノエの声に、クラスメートたちは慌てて頷く。
「じゃあね、姫君たち。また明日」
ウインクのサービスつきでひらりと手を振り、ヒノエは足早にその場を立ち去る。
幾つもの運が重なって名前を呼ばせない口実は保ててはいるが、それがどこまで続くのかなんてヒノエ自身分からない。
(だけど、名前を呼ばれたいのはアイツだけなんだ)
藤原くん、と。他のクラスメート同様に呼んできた望美に、繰り返し繰り返しねだって、ようやくヒノエと呼ばせる事に成功したのが去年の秋。どうしてそこまで拘ったかなんて、本当に下らない理由だ。
望美の幼馴染である有川兄弟――彼らの存在が、唯一つの理由。
(黙っていても名前を呼んで貰えるあいつらに嫉妬しただなんて)
そんなの、死んでも言えるものか。
当時の焦燥を思い出して軽く舌打ちしたヒノエは、思索を追いやるように軽く首を振る。そのまま手首の時計に目を落とせば、まだ望美と別れてあまり時間は経っていなかった。それでも彼女を一人きりで待たせるのが嫌で、自然と駆け足になってしまう。階段を身軽に数段抜かしに飛び降り、僅かに息を乱しながら昇降口へ向かう。上級学年になるほどフロアが上になる己の学校の仕組みが、この時ばかりは恨めしい。
下駄箱に寄りかかるようにして立っている少女の姿を認めると同時に、ヒノエは心からの謝罪の声を紡ぐ。
「望美、悪い! 待たせた!」
「ん? 早かったねぇ。そんなに言うほど待ってないよ、大丈夫」
眼前で立ち止まったヒノエを見上げた望美は、僅かに目を細めて笑う。乱れかかるヒノエの前髪をはらりと指先で梳き、うっすらと額に浮いた汗の玉に眉根を寄せる。
「なに、走って来たの? 先生に怒られるよ?」
「そんなヘマしないよ。……それよりもお前を長く待たせる方が重罪だからね」
「またまた~、そんな事ばっかり言って」
「嘘じゃないよ」
手早く上履きから革靴に履きかえたヒノエは、さり気なく望美の手を握る。
「うーん、私の荷物持ちするって約束したから? それなら本当に気にしなくていいのに」
腕を引かれるままに歩き出しながら、望美は隣を歩くヒノエを見上げる。
「それもあるけど」
「じゃあなに?」
無邪気に向けられる問いに、ヒノエはもう少しだけ先延ばしにしたかった告白を反射的に口走ってしまう。
「そんなの、オレがお前と一緒に居たいからに決まってるだろ」
これだけじゃ足りない。
向ける好意をただの友情と勘違いされる前に、ヒノエは更に想いを言い募る。
「望美が好きだからだよ。一分一秒でも長く、惚れた女と一緒に居たいって思うのはおかしな事かな?」
どんな誤解もしようもないほどストレートに告げられた言葉に、ぱっと望美の頬に朱が散った。
「え、と……その……」
捉われたままの手に熱が集中するような錯覚を覚え、望美はしどろもどろに意味の無い言葉を繰り返す。その様子に、ヒノエは安堵と期待の混じる吐息を細く吐き出した。
(拒絶されなかっただけでも、一歩前進って所かな)
いつの間にか望美の手を捉える指に力が篭っていたらしい。これじゃ痛いよな、と慌てて少しだけ力を弱めると、短い空白の後に望美の手が握り返してきた。
絡み付く細い指先の感触に、くらりと酩酊に似たものがヒノエを襲う。
「望美――…」
「あのね。スキとか、そういうのまだよく分からないけどっ」
好き、という言葉を口の端に乗せた途端、一気に望美の頬が赤味を強くし、頬の熱を自覚したのか、望美はぷいと視線をヒノエと逆側に逸らした。その事で良く熟れた苺にも似た紅色を湛えた耳朶がヒノエの視界に入ってくる。
「いまの、嬉しかった」
それだけっ、と早口で言い添えた望美は、腕を引かれて踏鞴を踏む。ぐらりと崩した姿勢を背後から抱きとめられ、ほっと息を吐く。
「ちょっ……ヒノエくん! あぶな――」
振り仰いだ先に輝く真摯な瞳に、ひゅっと望美の喉が鳴った。
春の陽射しを反射して明るく輝く紅玉の瞳。宝石のようで綺麗だなぁ、と思いながら見ていたそれが、ただひたすらに、揺らぐことなく望美を射すくめている。
そこに映る自分の顔が赤いのは、ヒノエの光彩の色だけが原因ではない。
「好きだよ。何度繰り返しても足りないくらいだ」
普段より僅かに低められた声。あまりにも近い距離から届く音に、望美はぞくりと背筋が震えるのを感じる。随分と後になってから、それが快感に近いものだったと気付くけれど、今の望美には知る由も無い。ただ心臓の音だけが、まるで全力疾走した後のように際限なく高まり、破裂してしまうのではないかと思ってぎゅっと目を瞑った瞬間、頭上からくすりと微笑む気配が降ってきた。
「ごめん、驚かせたよな。……今すぐ応えて、なんて言わないよ。ただオレがお前を想ってることだけは忘れないで」
明るい口調で告げたヒノエは、不意打ちのように望美の頭頂部に唇を寄せた。揺れる髪からふわりと漂う甘い香りに目を細め、望美がヒノエの行動に気付く前に素早く解放する。
「さ、遅くなる前に買い物に行こうぜ」
何事も無かったかのように促し――それでも、伝えた告白に偽りは無いんだと示すために、ヒノエは繋いだ指を深く強く絡め取った。
- END -
||| あとがき |||
今日は学パロ! ということで今日はUMD風味の「同じ高校に通う同級生」設定です。
「高校2年生の新学期」の話にしてみました。まぁ捏造だしいいよね! もーちょい甘い話にしたかったんですが、ヒノエの片恋話もたまにはいいかな、と。もう1つの学パロ(幼馴染ネタ)の方は既に恋人同士~な話になるから、それとのバランスで…。
つーか一箇所すごく自分で曖昧なんですけど、望美の学校バイトどうなんでしょうね?(←)
まぁ細かい部分は触れずに行こう…。

