君の帰る場所

2010.04.02
頭領生誕記念・無印ED後 別当夫婦+α

- ヒノエ×望美


「あれ? オレの奥方殿はどこにいるんだい?」
 航海を終え、久方振りに帰宅したヒノエは出迎えの女房たちに問いかける。
 実際に熊野の港へついたのは昨晩の事で、そのまま現地で残務処理に追われていた。その間に『明日の夕刻までに戻る』という先触れは出していたし、望美は旦那様を出迎えるのは妻の役目だよね、と帰宅の出迎えを欠かした試しがない。
 確かに帰邸したのは予告よりも随分早い刻限だが、既に陽は頂点を過ぎている。やや寝穢い気のある望美とて、こんな日の高い時刻まで寝こけているということはまずありえない。それなのに、今日に限って望美が現れない。ヒノエで無くとも不思議に思うだろう。 
「所用で外出しておいでです」
 ほんの僅かに遅れた返答の前に、仲間内でこそりと交わされた視線を目聡くも見咎め、ヒノエは笑顔のまま「どこへ?」と問いかける。
「……その…」
 言い惑う様子に、ヒノエは僅かに目を眇めてみせる。
 この邸の主は誰だ、と声に出して問いたい気分でもあるが、うっかり「奥向きを取り仕切るのは奥方様です」などと彼女を崇拝する女房たちに応じられたら流石に凹みかねないので、黙って視線の圧力のみ強くする。
 やがて主の無言の訴えに屈し、望美付きの歳若い女房が躊躇いがちに口を開いた。
「実は――…」



 女房の告白を耳にして半刻後、ヒノエは馬上の人となっていた。
「……ったく、あのクソ親父に腹黒軍師め!」
 目指すのは速玉大社だ。ヒノエの父である湛快、そして彼を訪ねてきた弁慶が、現在そこに逗留していると言う。そこまでならば別になんて事はない。問題は望美が共にそこへ行っているという事。
 乱暴な手綱捌きにも素直に応じる愛馬の首筋を叩き、もう少し頑張ってくれ、と囁きかける。
 港から戻る時にも走らせたから、本来であればもう少し休ませたい。だがヒノエが有する馬で最も性質良く、足が速いのがこの若駒だ。速いだけの馬ならば他にもいるが、帰りに望美を乗せて戻る事を考えた時、他の馬を選ぶのは躊躇われた。
 黙っていても、日が落ちるまでに望美は帰ってくるだろう。
 だがなんと言っても久しぶりなのだ。天候が悪く、予定よりも三日ばかり出航が遅れ、それでも到着は一日遅れで済んだという、熊野水軍の名に恥じぬ航海ではあったが、指折り数えてみれば半月以上も離れていたのだ。
 会いたい。
 その声で名を呼んで欲しい。
 しなやかな腕で、背を抱き返して欲しい。
 子供じゃあるまいし――と思いながらも、愛する妻への希求は尽きる事を知らない。 
 過去最高だろうと思われる速さで速玉大社に辿りついたヒノエは、慌てて出迎えに出てきた下男に馬を託す。飼葉と足回りの世話を言いつけながら、足早に奥へ向かった。突然の別当の訪問におろおろと周囲を取り囲む人々を片手の一振りで追い払う。
 所在を問うまでも無く、父親たちが居そうな室は分かる。荒くなる足音を隠そうともせずに透廊を抜け、目的の場所まであと僅か――となった所で、ばたばた、と新たな足音がヒノエの立てるそれに重なった。
 男が立てる物にしては随分と軽い、そして決して生まないであろう派手な音に、ヒノエは足音の主を想像して目を細める。
「――ヒノエくん!」
 恐らくはここにいるだろうと目星をつけた、正にその部屋から走り出てきた少女を認め、ヒノエは足を止め両腕を大きく広げる。
「やぁオレの奥方殿。迎えに来たよ」
 躊躇いも無く真っ直ぐ飛び込んできた望美を抱きしめ、ヒノエは明るい声で笑う。
 それまで胸中を埋め尽くしていた苛立ちや怒りというものが、抱きしめる身体の温かさと、ほのかに香る甘い匂いでするすると解けていく。
「ごめんね、迎えに来て貰っちゃって」
「望美は悪くないさ」
 素早く唇に触れるだけの口づけを落としてから、望美の背後に目を向ける。彼女の後を追って現れた湛快と弁慶の姿に眇めるような視線を投げつつ、明るい口調のまま、威嚇の言葉を紡ぎだす。
「熊野別当の北の方を気軽に呼びつけるような男共に責任があると、オレは思うんだけどね?」
「嫌だな、ヒノエ。別に無理やり連れてきたわけではないですよ」
「そ、そうだよヒノエくん!」
 弁慶の反論に、望美もヒノエの腕の中で頷く。
「弁慶さんが速玉大社へ行く前に藤原の邸に寄ってくれたのね。それで私も一緒に行きたいってお願いしたの」
「望美が?」
 腕の力を緩めて愛妻の顔を覗き込めば、頷きつつ望美がするりと腕の中から抜け出る。空虚になった場所に落胆するより早く、隣に並んだ望美がヒノエの腕に己の手を絡めてくる。人前での接触をそれほど好まないくせに、と不審がって見下ろせば、真っ赤になって手を離そうとするので、慌てて自分の手のひらを重ね、逃げないでと無言で訴える。
 そんな夫婦の甘いやり取りを食えない笑顔で見守っていた弁慶は、ささやかな攻防戦が終わったのを見て取ってから、改めて口を開いた。
「兄に頼まれた薬を届けに行く、と伝えたら望美さんが兄が体調が悪いのかと心配してくれましてね。ただの常備薬だと伝えても信じてもらえなくて」
「うっ……すみません」
 小さく縮こまる望美の手を優しく叩きつつ、ヒノエの口は容赦ない言葉を弁慶へ投げつける。
「そりゃ弁慶、あんたの信用が足りてないだけだろ?」
 軽口というには十分に毒を含んだヒノエの言葉に弁慶が応じるより早く、もう一人の人物が遠慮ない笑い声を上げた。
「ははっ、違いない」
 からりと笑って頷く湛快は、なんにせよ――と言いつつ望美に視線を向けた。
「俺としては、可愛いお嬢さんに心配されるっていう役得だったんで満足だけどな」
「親父は自重しとけ」
 舌打ちせんばかりの様で言い捨てたヒノエは、ふと隣へ視線を戻した。
「どうした、望美」
 何事か訴えるかのような目をした彼女様子に首を傾げつつ問いかければ、思いもかけない返答が戻ってくる。 
「だって……弁慶さんもヒノエくんも、必要ならば躊躇わずに嘘をつくから」
 戦の頃そうだったでしょう、と訴えれば、朱雀の加護を受けていた二名の八葉は、それぞれの表情で笑みを深くする。
 勿論望美は、その嘘が悪意からではなく、彼らなりの目論見と意図によって紡がれていた事を分かっている。最初は軍略の為に重ねられた秘め事は、やがて少女を思いやり、傷つけずにすむように――という優しく甘い嘘へと変わって行った。
「もうそんなことは無い筈って分かってたけど、でもちょっと不安だったの」
 そう言葉を結ぶと、眼前にあったのは久しく見なくなっていた、いわゆる「丸め込みに掛かる体勢」に入りつつある二人の笑顔だった。だが先に作為の笑みを苦笑混じりに和ませたのは彼女の夫であるヒノエで、その変化を悟って弁慶は無意識に目を瞬く。
「そうだね。確かにあの頃は、色んな事に必死で、様々な嘘をお前に伝えた事もあったし、大分キツい事も言ってお前を傷つけたよ。でも、もう今は『違う』だろ?」
 くい、と親指で弁慶を示しつつ、更にヒノエは言葉を継ぐ。
「あの腹黒軍師――は廃業したんだっけか。悪徳薬師はどうか知らないけど、オレはもうお前に嘘や隠し事はしない。お前を妻にした時に、そう決めたんだ」
「おやおや、酷い言われようですね」
 弁慶は一つ溜息をつき、肩を竦める。
「残念ながら、僕はそういった誓いを立てるわけには行かないですからね。――必要とあらば、僕は今後も嘘をつくでしょう。極端な例ですが、たとえば死を目前にした患者に、真実だからといって『あなたは死にます』とか言えませんしね」
 一息に言い切り、思い出したようにヒノエと湛快へ順に顔を向ける。 
「ああ、心配しないで下さい。兄さんやヒノエにはきちんと真実を教えて差し上げますから」
「そんな親切要らんがな」
 呆れたように湛快が呻き、望美は呆然と弁慶を見上げる。そしてヒノエは「付き合ってらんねぇや」と呟きつつ髪を掻き、湛快へ向かい直った。
「とりあえず親父の具合も悪いわけじゃないなら、長居する必要ないよな。日が暮れないうちにオレたちは帰るよ。望美、行こう」
「あ。うん」
 腕を引いた促され、そのまま身を翻しかけ――望美は思い出したように振り返る。
「お義父さん、お邪魔しました。あの、今回は誤解でしたけど、お身体には本当に気をつけて下さいね?」
「おう、ありがとな」
 ひらりと手を振り、湛快が応じる。続いて望美は、彼の隣へ立つ弁慶へ視線を向けた。
「弁慶さんも、今日はありがとうございました。今度はうちへもゆっくり遊びに来て下さいね」
「はい、必ず」
 弁慶が頷くのに満足して、望美は笑顔を残してヒノエと共に歩き去る。遠ざかりつつ「弁慶なんか呼ばなくていいんだぞ」とヒノエが訴え、それに何事か望美が反論する声が届いてくる。その様を見送った湛快と弁慶は、ふと互いに顔を見合わせて笑った。
「うちだってよ、うち」
 湛快が肘で弟の脇腹あたりを突付く。
「ええ。物凄い惚気を聞かされた気分ですね」
 片手を口元に充て、弁慶はくすくすと笑った。
 既に角を曲がって見えなくなった背中を思い起こすような目をしながら、ぽつりと弁慶が呟いた。
「あの藤原の邸は、もうきちんと『望美さんの家』になっているんですね」
 戦の後、この時代に残るのを決めた時の少女が見せた、どこか頼りなさげな――本当に自分が熊野に嫁いでいいのかと、不安の言葉を呟いていた姿はもはや残っていない。
「複雑そうな表情だな」
「そんな事はありませんよ」
 元いた室へと足を向けながら、弁慶は湛快のからかいに完璧な笑顔で応じる。
「これでも可愛い甥っ子と、愛しの神子姫殿の幸せを、心から願っているんですよ」
 その言葉は本当に嘘ではないのだけれど、ほんの少しだけ妬心が混じってしまうのは仕方ないですよね、と涼やかな笑顔の下で弁慶は嘯くのだった。

- END -

 

||| あとがき |||

本日は無印ED後の別当夫婦。リクエストにあった「女房さんとか出てくると嬉しいです!!」はほんのちょびっとしか達成できませんでした…ご、ごめんなさい!(やる気はあったんだ! だから序盤から出ているわけですが…)

どこに邸があるんだっけ…とか、すでに距離感が無いのでかなり曖昧な話で申し訳ないです…orz
とりあえず一度「お義父さん」って望美に呼ばせて見たかったんです、ええ。


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