寄せる信頼と応える心
2010.03.23
無印・秋の京@梶原邸
- ヒノエ×望美
「朔ぅ、いる?」
紫苑の髪を揺らして厨を覗き込んだ望美は、薄暗い厨の片隅にいる人影を認めて目を瞠った。
「あれ? ヒノエくん。なんでこんな所にいるの?」
「こんな所……とはお言葉だね、姫君」
「だって、ヒノエくんがお料理するとは思えないもん」
「それもそうか。厨と言えば、譲か朔ちゃんの聖域ってとこだろうね」
軽く笑い、ヒノエは手にしていた椀を竈の近くに置いた。
「ちょっと朝から何も食べる余裕が無くてね。やっと時間が取れたんだけど、こんな中途半端な時間に、わざわざ人の邸の家人に膳を用意させるのも面倒だったからさ」
手持ちの干飯を適当にね、とヒノエは茶目っ気のある表情で肩を竦めてみせた。
熊野別当である事を明かし、その上で八葉の一人として望美たちと共に京へやって来たヒノエだが、それ故にだろう、『別当でなければ判断できない仕事』とやらが熊野の烏によって、京邸へと持ち込まれる日々が続いていた。
どうしても距離と時間が嵩む分、ヒノエが決裁にかけられる時間は短くなる。昼間は怨霊退治や情報収集などもあるため、流石のヒノエにも負担が大きいようだ。正に寝食を削っての作業となっているらしい。ヒノエが使う客間が、深夜まで、煌々と灯りを点したままであるのを見たのは一度や二度の事ではない。
そんなことまで一気に思い出してしまい、望美はヒノエに言い募る。
「駄目だよ! まだまだ暑いんだから、体力切れして倒れたりしないように、しっかり食べないと」
ヒノエくん細いんだから、という言葉は飲み込んで、望美は細い眉を吊り上げる。ウエストがうっかりしたら自分より細いんじゃないか……という疑惑は、女子高生の威厳を保つため、きっちり胸の奥底へと閉じ込めておかなければならない。
そんな望美の葛藤を他所に、ヒノエは形のいい唇に鮮やかな笑みを浮かべた。
「なに? 心配してくれてるの?」
「あ、当たり前だよ!」
伸ばされた手が、するりと一房髪を掬い取るのを視界の端に認めながら、望美は勢い込んで頷いた。
「仲間の心配をするのは、当然じゃない」
「そこで『ヒノエくんだからこそ心配してる』とか囁いてくれれば、それだけでオレの疲労が消えてなくなってしまうのにねぇ」
「冗談ばっかり」
「オレはいつでも本気だけど」
ふと声の調子を変え、ヒノエは望美の瞳を覗き込む。
僅かに動揺の色を孕む翡翠の輝きを正面から捕らえつつ、ヒノエは低く甘く言葉を紡ぐ。
「肉体の疲労や睡眠不足は残るかもしれないけれど、オレの心がすうっと軽くなるんだよ。お前の声、お前の笑顔……全てが愛しいから」
呟くように告げた唇が、望美の頬――と呼ぶには、あまりにも口の端に近い位置へと触れる。二人の耳にしか届かない小さな音を立てて顔が離れると、望美の頬はこれ以上ないほどに真っ赤に染まっていた。
その様子を優しく目を細めて眺めたヒノエは、さり気なく一歩だけ望美から離れた。
「さてと。このまま姫君を独占していたい所だけど、お前は朔ちゃんを探してるんだろ? オレも手伝うよ」
「えっ?」
「だってここに来た時に、そう言ってたじゃないか」
ヒノエの指摘に、先刻とは異なる意味合いで望美は顔を赤くする。
「そ、その、確かに探してはいたけど、急ぎの用があるわけじゃなくて、朔がもしいたら……程度であって……」
もじもじと指先を摺り合わせるようにしながら、望美はやや挙動不審に目を彷徨わせる。時折ちらりと視線がヒノエに向いては逸らされる事から、伝えたい事はあるが、何らかの理由で言い出しにくいのだろう。それはきっと、自分自身に関わる事で、恐らくは――と、機微に聡い熊野別当は笑みを深める。
「じゃあ今、神子姫様は暇なのかな?」
「え? うん、暇といえば暇、だね」
「それじゃあさ」
望美が頷くのを確認し、ヒノエはすっと片手を差し出す。
「一緒に出かけようぜ。六波羅の先に新しい甘味の店が出来たっていうから、食べに行ってみないか?」
甘いもの、という言葉に一瞬翡翠の瞳が輝くが、すぐに首を左右に振った。
「嬉しいけど、ヒノエくんまだお仕事の途中じゃないの?」
「お前の為なら仕事なんか後回しでも――なんて言ったら怒られるのは分かってるよ。勿論、きちんと区切りがいい所までは終わらせているし、残りは夕餉の後で十分間に合う。なんと言っても、オレは有能だからね」
「自分で有能とか言っちゃうところがヒノエくんだねぇ」
くすくすと笑い、その笑いの衝動が収まったところで、望美はゆっくりと腕を持ち上げた。白い指が、ふわりとヒノエの手のひらに収まる。
「うん、一緒に出かけよう。ヒノエくんが勧めてくれるお店に間違いはないしね。楽しみにしてます」
「ふふっ、お前の期待は絶対に裏切らないよ」
重なる手を握り締め、ヒノエは嫣然と嘯いた。
- END -
||| あとがき |||
同人誌用に書きかけて途中で没にした原稿が勿体無いのでリサイクルしてみる事にしました。本当はこの先ももう少し書いてあるのですが、その途中で「駄目だコレ!」と捨てたので、ここまででオシマイですw
後半で書くつもりでいたから本文中で補完されてないんですが、望美の挙動不審は、元々本当はヒノエと外出出来たらいいなぁと思っていたけど、忙しいから邪魔しちゃ駄目だよね! そうだ、朔に付き合って貰って、なにかヒノエくんに差し入れ出来るものでも作るか買うかしようかな、うん、そうしよう! と思っていた矢先にヒノエに会ってしまったので以下省略、という感じだったのでした。
ああああああ、やだなぁこんな解説チックなこと書くの!(笑)
といあえずリサイクル品ってことでお許しください。
厨で立ち食いは、なんとなくキッチンでカップラーメン食うヒノエを想像したなんていいません。

