スキ キライ スキ

2010.02.19
夏の熊野よりも後、のお話。

- ヒノエ×望美


「ねぇ、オレのこと好き?」
「キライだよ」
「姫君は嘘が下手だね」
 即答にもめげた様子を見せず、くすくすと、猫のように目を細めて笑うヒノエを見ながら、望美は精一杯の努力で呼吸を整える。
 キライだなんて嘘だ。ただ余裕たっぷりに聞いてくる彼の態度がムカついて、反射的に言ってしまっただけだ。深く息を吸って、吐いて――それを繰り返し、早鐘のような鼓動を宥めていく。
 望美の背後には巨大な樹の幹がある。八葉全員で手を繋いで、やっと一周できるかどうか、というほどの老木だ。それに凭れかかる望美の顔の両側を、ヒノエの手が囲いこむように置かれている。
 この体勢は、本当に心臓に良くない。
 異性にこんな格好で迫られるというだけでも望美の想像の範疇を超えるのに、更にその相手が、自分が憎からず思っている相手だなんて、これは都合のいい夢じゃないだろうか、なんて思ってしまう。
 逃げだせない体勢の中、視線を逸らしたら負けとばかりに、望美は彼の緋色の瞳を見つめ返す。太陽の赤と青葉の緑。二つの色が真正面から絡み合い、互いの姿だけを、その瞳に刻みあっている。
「なんで嘘って決め付けるの?」
「さぁて、どうしてだと思う?」
「聞いてるのは私だよ」
 不機嫌そうに口をへの字にした望美を宥めるように、ヒノエは片手をずらし、艶やかな紫苑の髪を指先に絡めとった。しゅるりと音を立てて逃れて行くような髪の感触を楽しみながら、幹に付いたままの腕を緩く折り、望美との距離をやんわりと狭めていく。
 緩く弧を描いた唇が近づいてくるのと同じ速さで、望美の頬が紅色の度合いを増していく。その表情の変化に、ヒノエの瞳が更に笑みの濃度を上げた。
「そうだね。嘘だって判るのは――お前のその表情に……」
 囁いて、ふわりと頬に唇で触れる。
「オレにまで聞こえてきそうな、鼓動の音」
 髪を弄んでいた指先が、自然な動きで望美の首筋を耳元へ向けてなぞりあげる。ぴくんと肩を揺らす様子に、緋色の瞳が楽しそうに――そして嬉しげな色を孕んで揺れる。
 否定をしたくても、望美の心臓はもはや深呼吸などでは押さえ切れないほどの速さで鳴り響いていて、首筋に触れられた時、絶対にその速さが伝わってしまっている――と、泣きそうな思いで唇を噛み締める。
「こら、駄目だよ望美。傷になる」
 嗜めるような声を紡ぎながら、ヒノエは親指で望美の唇へ触れた。下唇をなぞり、その動きに望美の噛み締める力がほろりと緩んだ瞬間を狙い、素早く己の唇を重ね合わせる。
 ほんの一瞬だけの、それでも明確な意図を持って交わされた口づけを解いたばかりの至近距離で、ヒノエは吐息混じりの掠れ声で囁きかける。
「剣を持って怨霊を封じる戦女神の如きお前も、扇を手に優雅な舞を見せるお前も、どんなお前も愛しいけれどさ」
 もう一度、小さな可愛らしい音を立てて接吻をしたヒノエは笑う。
「オレの事を、その瞳に映し出しているお前が、サイコーに可愛らしいかな」
「……それってずっとヒノエくんを見ていろっていう事?」
「そうとも言うね」
 爽やかに傲慢に告げられる言葉に、望美は僅かに面食らったように瞬く。やがて翡翠の瞳が緩やかに微笑の色に縁取られていく。
「本当にヒノエくんは、ずるいなぁ」
「何故だい?」
「そんな風に言われたら、目が離せなくなっちゃうじゃない」
「いいじゃん。ずっと見てろよ」
 オレだけの事を。
 そう嘯いて、ヒノエは柔らかな少女の身体を、己の腕の中へと引き寄せた。

- END -

 

||| あとがき |||

ちょっと強引に攻めてみるヒノエが書いてみたかったのココロ。なのでなんかどの章とかあまりイメージは無く(といっても熊野より後かな。京でも鎌倉でもよし)、イメージ先行で描いた感じです。
※このSSは『君がため…5』で配布するペーパーに転記しました。


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