魂の記憶

2009.12.15
夏の熊野のおはなし

- ヒノエ×望美


 海を見下ろす高台で、白龍の神子へ風景を自慢する言葉を向けながら、オレは不思議な感覚に捕らわれていた。
(……あれ)
 前にも、同じことを誰か――違う。彼女に話したような気が、する?
「ヒノエくん、どうかしたの?」
 唐突に言葉を切ったオレへ、彼女が不思議そうに声をかけてきた。顔を覗き込むようにして言われたそれへゆるりと首を振り、冗談交じりに自分を襲った感覚を口にした。
「ふふ、ここへ誰かを連れてくるのは初めてなのに、なんだか前にもお前に話したような気がしてね。これが八葉とやらが結ぶ縁なのかな? それとも、オレとお前を結ぶ運命の糸が見せる何か、だとか?」
「そう、かもね」
 笑って否定されるかと思った言葉は、意外なほどの深い響きの言葉で返された。
「――なぁんてね!」
 驚きも一瞬。
 突如として表情を変えた彼女は、明るく華やかな笑顔に悪戯っぽい響きを乗せて問いかけてくる。
「そんなこと言って~、誰か他のステキなお姫様を連れてきたんでしょ。そして忘れちゃったんだよ。そうに決まってるってば」
 一本指を立てて無邪気に笑う彼女には、先程みせた重苦しい影は微塵も残っていなくて、まるでオレの錯覚のように思えるのだった。
「酷いな。そんなにオレの言葉は信用がない?」
 いきなりの変貌に驚きながらも、すぐに気持ちを切り替えたオレは彼女の言葉に切なげな表情を作ってみせる。
 言葉遊びの如き会話は好きだ。
 別に恋の駆け引きじゃ無くても構わない。己の全てをかけて楽しめるものが、オレを熱くする。そういう意味では、色恋抜きでも春日望美という少女と交わす言葉は、とてもオレを高揚させてくれるのだ。勿論、彼女は女性としても十分魅力的だし、口説く囁きに嘘などないのだけれどね。
「そこまでは言ってないよ? それとも、信用ないことばかりしてるから、そういう風に聞き返してくるのかな」
「まさか。いつだってオレは姫君に誠意をしめしているつもりさ」
 片手を胸にあてお辞儀をして見せるが、彼女は笑ってオレから視線を逸らし海の方を見つめた。
 海風が揺らす紫苑の髪を、ゆっくりと片手で押さえる。
「日が沈むね」
「ああ」
 彼女に倣い、オレも空と海に向き直る。
 赤く染まる太陽が熊野の海へ沈んでいく。
 オレは、遠い水平線が赤く滲んで霞む様を見るのが好きだった。まるで空も海も、全てが溶け合うような風景は、昼間よりももっと熊野の広さを感じられる気がする。境界が曖昧な分、そこに素直に溶け込んでいけるよな気がするのだ。
「夕日が沈む風景は、あまり好きじゃなかったけど――熊野の夕日は、好きになれそう」
 ぽつりと呟いた少女の横顔を見つめる。
「何故、夕日が好きじゃなかったんだい?」
 どうして熊野の夕日ならいいのか、とか、聞くべきことはたくさんあるだろうけど、オレが選んだのはこの問いかけだった。
 何故か今聞かなければ後悔する。そんな気がした。
「うーん、上手くいえないんだけど、普通暗くなったら、おうちに帰るよね?」
「まぁ、普通はそうだね」
 オレは同意を示して小さく頷く。
「誰かと一緒にいても、そこでお別れしなきゃいけないじゃない。どんなに楽しい時間にも終わりがあるんだなぁって、そう感じるのが――夕日が沈む時、だからかな」
 掠れた様に途切れた言葉を耳にした途端、思わずオレは彼女の肩を抱き寄せた。驚く身体を縛めるように、強く背中に腕を回す。
「姫君、淋しいのかい?」
「え?」
「今にも、……空に溶けてしまいそうな目をしてた」
 泣き出しそうな、という言葉は辛うじて飲み込み、顔を傾けて彼女の瞳を覗き込む。
 オレの言葉に大きく見開いた翡翠色の瞳は、後もう少しで涙が零れるんじゃないかと思えるほど透明すぎる色合いを湛えていて――だけど、その色彩以上に、覗き込んだ場所に映し出された自分の顔に、オレは内心でたじろいだ。
(これが、オレか?)
 普段以上に彼女へ甘い言葉を囁いている自覚はある。だけど、丸く輝く瞳を鏡として映し出されたオレの顔は、どこか切羽詰ったような、恋焦がれる熱を孕んで揺れていた。
 動揺を押し隠すのは容易い事。表情を殺し、心臓が刻む音を気付かれない内に、ゆっくりと息を整える。
 そして彼女の方も、最初の驚いた表情を綺麗に拭い去り、淡い笑みを口元に浮かべてみせた。
「そんなことないよ? 朔や譲くん、九郎さんや弁慶さん達……みんながいてくれるから、淋しくないよ」
「女性はともかく、他の男の名前を出されると――流石に傷つくもんだな」
 嘆いてみせる台詞は、思った以上に本気の色合いを含んでしまう。特に気に食わない叔父の名が、それに拍車をかける。それには気付かず、彼女はオレの腕の中でおかしげに肩を揺らして笑った。
「えー、だってヒノエくんはいつも神出鬼没で、会えるか会えないか分からないじゃない。今日だって偶然出会ったわけだし」
「それじゃあ、いつ会えるかちゃんと分かれば、オレのことも気にかけてくれるのかな」
「ヒノエくん……?」
 少なからず本気になって、問いかけの言葉を口にする。
「姫君のお望みとあらば、ずっと――傍にいるぜ」
 華奢な顎に指を添え、ゆるりと彼女の視線を上げさせる。
 本当は、ずっとつかず離れずに後を追っているんだと知ったら、お前はどう思うだろうか。そろそろ影からではなく、傍で源氏一行を観察するのも悪くないと思っているのも確か。だけどそれ以上に、彼女の傍を離れたくないと思い始めている。
「お前は、オレを望んでくれるかい?」
 口付け寸前の距離まで顔を近づけるが、オレの唇に触れたのは彼女の可笑しげな笑い声だった。
「ふふ、そういうことは、ヒノエくんが本当に好きな子に言ってあげなよ」
 ぱちん、と――オレのよくやるような、片目を瞑る仕草を残し、彼女はするりと腕の中から抜け出した。止める暇すらない早技に、オレは呆気にとられて彼女を見返す。
 とんとんっ、と軽い足音が夕闇迫る高台に響く。数歩離れてから肩越しに振り返った彼女は、満面の笑みをオレに向けた。直前までの空気など、全て無視したような明るい笑顔だ。
「ね。そろそろ暗くなるから、帰らない? 遅くなると九郎さんに『怨霊もいるというのにお前は何をほっつき歩いているんだ!』とか怒られちゃう」
 両手で眉を吊り上げる真似をしながら言う姿に、オレは思わず噴出す。
 ヤバイ、その口調は九郎そっくりだぜ姫君。
「そうだな。宿まで送るよ」
 足早に彼女に追いつくと、片手を差し出す。
「下りは足元危ないから、掴まって」
「ありがとう!」
 礼の言葉と共に握り返された手に、彼女の不思議さを思う。
 抱きしめると逃げていく癖に、差し出された手には素直に掴まってみせる。
「――策略だとしたら大したモンだぜ」
 手が届きそうで、それでも触れることは叶わない。時折掠める熱は、ただ焦りだけをオレに植えつけてくるようだ。
「え? なぁに?」
「いや、なんでもない」
 まさかね。
 一瞬浮かんだ思いを笑い飛ばし、オレは彼女の足元へ注意を促す。
「ほらそこ、石が重なってるから足を乗せちゃ危ないぜ」
「はーい」
 慎重に歩く姿に自然と笑みを誘われながら、オレは自分に課せられている仕事の数々を思い浮かべる。
(本当に姫君たちに同行するとしても、今すぐは無理か)
 溜めてしまった諸々を片付けて、合流可能となるのは恐らく勝浦か。
 彼女を送り届けた後に為すべき事について計算を始めながら、オレは先刻、彼女が口にした言葉へゆるゆると思いを巡らせる。
『どんなに楽しい時間にも終わりが――』
 ねぇ姫君。
 お前は、オレと過ごす時間もそうやって惜しんでくれるかい?
 別れが辛いと、思ってくれるかい……?
 泡沫のように浮かぶ問いは、口に出さず、ただ胸の奥へと閉じ込めた。

- END -

 

||| あとがき |||

memoに書いた短文の焼き直し。そしてヒ望と言いつつ、あまりラブのない話。
なんかあまりタイトルに意味がない話になってしまいました。要するに最初の「話したことがあるような気がする?」部分しか、既にかかってないわけです…。


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