君の肩越しに見る冬の空

2009.12.12
冬の平泉 (ちょっと捏造気味)

- ヒノエ×望美


 はぁ、と望美は肩で息をついた。
 ほんの近場へだから――と、一人で抜け出した高館の邸。目的の場所へは問題なく着いたものの、帰り道に危機は訪れた。
「怨霊……!」
 ゆらり、と物陰から現れた怨霊を認めると同時に、望美は剣を抜いて人気のない方角を目指して走った。だが、それがある意味失敗だったのだ。他人に被害が及ぶ事を恐れての行動だったが、その向かった先にも怨霊がいるとは、流石の望美も予想外の出来事だった。
 一番小さな怨霊を一刀で斬って退けるが、まだ三体の怨霊が残っている。
(行ける――だろうか?)
 剣を中段に構えながら、望美は必死で呼吸を整えた。
 相克的に、相性は悪くないはずだ。だが、たった一体を倒しただけで息は乱れ、普段は高々と上段に掲げる剣を持ち上げるのも億劫なほどの疲労を感じている。五行の乱れが望美の身体を蝕んでいるが故の事態だ。
 それでも懸命に前を見据え、襲いかかってきた一体を袈裟懸けに斬り降ろす。苦悶の声を上げる怨霊をちらりと見、望美は気合を入れなおした。
 落ち着けば大丈夫だ、と己を叱咤し、油断なく相手の動きを注視する。そして、唸り声をあげて突っ込んできた相手の鉤爪を交わそうとするが、一呼吸だけ遅かった。剣の腹で鋭い爪を受け止め、手首を返して振り払おうとするが、寒さでかじかんだ手が、その動きについていけなかった。
「あっ……!」
 怨霊を弾き飛ばす事には成功したものの、反動を受け流せずに少し離れた場所へ剣が飛んでいってしまう。望美は慌てて拾いに駆け寄ろうとするが、もう一体の怨霊の攻撃がそれを阻む。
「くっ!」
 身を屈めてなんとか空を切る一撃を避けるが、更なる追撃への反応が遅れた。
(――斬られる)
 迫り来る鉤爪の唸りに、咄嗟に右手と胸元を庇うように身を縮めるが、思っていた痛みはなかなか訪れなかった。そろりと上げた視線の先に飛び込んできたのは、冬空の元でも鮮やかな色を映す緋色の髪。
「……全く。潔いのも時と場合にしてくれよ、姫君」
「ヒノエくん!」
 愛用の武器で怨霊の攻撃を受けとめながら不機嫌に眉を寄せる彼を見遣り、望美は一瞬泣きそうに顔を歪めた。しかし、それよりも先にやることがある――と、落とした剣の元へ弾かれたように走りだした。素早く武器を拾った彼女の背に、ヒノエの声が届く。
「望美、一気に片を付けるぜ」
「うん!」
 両手で白龍の剣を握り締め、望美はヒノエの隣へ寄り添う。
「――南天を守りし聖獣朱雀よ」
 凛とした声が空気を振るわせた。決して大きくは無い、しかし周囲の全てを圧倒するだけの力を孕む声が、彼を守護する聖なる存在への請願を刻む。
 ヒノエが伸ばしてきた手のひらを通して、五行の力が互いを満たしていく。
「今こそオレのもとへ!」
 荒れ狂うような、それでいて清冽な力に導かれるまま、二人は技を紡ぎ出した。


 朱雀の焔に焼き尽くされた怨霊の封印を確認した後、ヒノエは望美の名を重々しく呼んだ。
「望美? オレの言いたいこと、分かってるよね」
「うっ……た、たぶん」
「多分?」
 くいくいと手を動かし、自分の元へ来るように手招きながら、ヒノエは怒りの滲む声で問いかけた。
「皆して、何度も『ひとりで出歩くな』って言っただろ? 九郎に怒られ、弁慶に説教され、朔ちゃんに泣かれ――ねぇ、姫君はいつになったらそれを守ってくれるんだい」
 腕を組み、ヒノエは強い視線を投げつけた。
 滅多に女性へは声を荒げる事のないヒノエが、隠す事もなく真っ直ぐに向けてくる怒りの感情に、望美は身の竦むような思いをする。
 勿論、その原因は自分の迂闊さで、ヒノエは全く悪くないのだ。それでも謝る言葉が言い訳じみてしまうのは、守られ庇護されるだけの自分が好きではないから。
「ご、ごめんね。すぐ近所だから大丈夫だと思ったんだ」
「それでもだよ。なぁ、外へ出るなとは言わない。ただ、本当に一人っきりはやめてくれないかい?」
 別にヒノエとて、過保護に望美を閉じ込めたいわけではない。
 ただ周囲の状況がそれを許さないのだ。敵は平泉に潜む怨霊だけではない。どこに鎌倉方の間者が忍び込んでいるか判らないし、白龍の神子に対して好意的とは言い切れない泰衡の存在も不安材料の一つ。
 彼女が大切だからこそ、時に厳しいことも言わなければならないのだ。
「オレが高館にいれば必ずついていくし、九郎や弁慶は忙しいにしても、譲も敦盛も、リズ先生だって、お前が望めば一つ返事でついていくんだからさ。もし――オレたちが嫌なら、あのムカツク銀とかいう奴でもいいから」
「嫌だなんて! なんで、そんなこと、言うの!?」
 あと一歩、というところで立ち止まった望美を見て、ヒノエは低く呟いた。
「姫君がオレたちを置いていくから、だよ」
 小さな声だったけれど、その言葉は望美の足を凍りつかせた。
「そ、んな」
 掠れた様に声が途切れる。短い沈黙を挟んで、再び望美は口を開く。
「そんな、皆が嫌だとか考えたことなんて無いよ。皆それぞれにやることがあるのに、私のわがままにつき合わせるのが申し訳なかっただけで――」
「分かってる。今のは八つ当たり」
 強く首を左右に振る望美を見て、ヒノエはうっすらと、どこか痛々しい表情で微笑んだ。
「お前が一人で出て行ったって知った時、心臓が凍りつくかと思ったよ」
「ごめんなさい……」
 泣きそうな声を絞り出した望美に、ヒノエは困ったように眉を寄せた。
「オレこそゴメンな。なんか色々余裕がなくて」
「ううん」
 伸ばされた腕に応じてヒノエの胸の中へ飛び込みながら、望美は我慢していた涙が頬を伝うのを感じた。彼の背を抱きしめ、そろりと肩に頬を寄せる。
 肩越しに見る空は重く暗い色をして、今にも雪が降り出しそうだった。伝わってくる体温は熱いのに、肌に触れる服や髪はとても冷え切っていた。どれだけの時間、探してくれたのだろう。それを思うと、望美の胸が軋むように痛んだ。
「ヒノエくん、ずっと探してくれたの?」
「ん?」
 見上げてくる少女を見遣り、ヒノエは口元に柔らかく笑みを湛えてみせた。
「姫君のためなら、大したことじゃないよ」
「でも寒かったよね」
 ぎゅ、と細い指がヒノエの服を掴んだ。
「ちょっとは、ね。でもほら、こうしていれば暖かいから」
 腕の中に閉じ込めた身体を更に抱き寄せ、望美の頬に自分の頬を寄せた。ひんやりとしたのは一瞬だけで、すぐに二人の体温が滲むように伝わっていく。
 やがてちらつき始めた粉雪に促され、二人は高館へ向けて歩き出す。邸の入り口が見えてきたあたりで、望美がそわそわと落ち着きを無くし始めた。
「どうかしたかい、姫君」
「あ、あのね。手を離してくれない?」
「んー、これは逃亡防止用だからダメ」
 しっかり指を絡めるようにして繋いだ手を、ゆらゆらと楽しげに揺らしてヒノエは笑った。
「逃亡!?」
「そ。戻ったら皆の説教が待ってるから、覚悟しとくといいよ」
 きらきらしい笑顔で言われた脅しの台詞に、望美は情けない表情で彼を見上げる。
「ううっ、……ヒノエくん助けてくれないの?」
「姫君のお願いなら何なりと、と言いたいところだけど、今回ばかりは無理かな。他の奴らがどれだけお前の事を心配したか、ちゃんと理解して欲しいからね。勿論、誰よりも心配したのはオレだよ、って主張しておくけど」
 ぱちん、と音が出るような仕草で片目を瞑ってみせたヒノエの予言通りに、高館の門を潜った途端、仲間たちの大声が望美を出迎えた。
 駆け寄ってくる彼らの、安堵と不安、そして人によって量が異なる怒りの成分がぐるぐると混ざった表情を見て、望美は改めて自分の迂闊さを反省すると共に――ヒノエへの感謝の気持ちが溢れ出て、繋いだままの手にぎゅっと力を篭めたのだった。

- END -

 

||| あとがき |||

自作お題『寒い冬に君と過ごすお題』より。
ちなみに捏造気味、と前置きしたのは、ヒノエの恋愛ルートだと平泉方面に来ないからですね。でもどうしても冬空を見る場所ってことで平泉にしたかったんです。ただそれだけです……。


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