季節へのまなざし

2009.10.18
無印EDの婚礼前あたりから、四季モチーフに短文4話

- ヒノエ×望美


1. ひらく

「ねぇ、何がそんなに不安なの?」
 少女は間近に寄せられた紅の瞳を見返して問う。
「不安って何がだい? オレの姫君」
「それ」
 重なり合う寸前で退かれた唇が、短く言葉を生む。
 くちづけを遮られ、不満そうな表情を一瞬浮かべるものの、ヒノエは黙って彼女の言葉を待った。
「ヒノエくん、最近私を呼ぶ時に『オレの』ってつけることが多くなったよね」
「……そうかな?」
「無意識なんだね。そんなに自分で確かめないと怖い?」
 問いかけた紅唇は、そのまま返事を待つことなく相手の言葉を柔らかく封じる。
 いつもヒノエが仕掛けるような仕草で、己とは違う体温の唇を舌で辿った少女は、翡翠の瞳を瞬かせて囁いた。
「――私があなたのものだって、かみさまにだって誓えるのに」


2. のびる

「ここから見る夕景が美しいんだよ。ずっとお前に見せたかった」
 そう笑う姿に、異なる時空で聞いた声が重なる。
 夏の熊野で初めて出会ったひと。
 春の京都に居たことがあると教えてくれたひと。
 ――手の届かなかった、ひと。
 不意に足もとが揺らいだような錯覚を感じ、私は隣に立つ彼の腕を思わず掴んだ。
「どうした?」
 彼はさりげない動きで私を抱き寄せる。じわりと肩から伝わる温もりに知らず吐息が零れた。優しい胸元へ顔を寄せて、頬に伝わる彼の鼓動をじっと数えた。
 伝わる音は、私と異なる早さを刻む。
 そう、ちゃんと動いている。
 単純だけど、それだけで私の心は穏やかさを取り戻す。
 視線を落とせば、夏の残照に長く延びる影。一つに重なるそれがどれほど幸せなのか、どうやったら彼に伝わるのだろう。
「本当に綺麗だね。ありがとう、ヒノエくん」
 この空と海をみせてくれて。
 私の傍にいてくれて。
 幸せな日々を沢山くれて。
 伝えたい言葉は溢れ出るほどあるけれど、どれも選べなかった私は黙って背伸びをし、彼の頬に口づけた。


3. みのる

 真夜中に目が覚めた。
 寝入り際、夫の腕を枕にしていたはずの北の方は、いつの間にか彼の拘束を離れ、それでも身体は寄り添うようにして安らかな寝息を立てている。
 彼女を起こさないように細心の注意を払いながら、ゆっくりと抱きしめなおす。
「いつになったら、朝までオレの腕の中へ閉じ込められてくれるんだい?」
 夫の腕を枕として寝ることを、彼女はあまり好んではいない。
「なぁ姫君。どうしてそんなに頑なに嫌がるんだい?」
 毎夜のように抵抗を繰り返す彼女へ疑問を呈した時、返された言葉はあまりにも意外な内容だった。
「朝起きてヒノエくんの腕が痺れてたら、お仕事で困っちゃうでしょ? そういうのは嫌なの。だから腕枕はナシ、ね?」
「へぇ。オレはてっきり恥ずかしいから嫌がっているんだとばかり思ってたよ」
「恥ずかしいよ! だけどヒノエくんの仕事の方が大事なの。私は熊野別当の奥さんなんだよ?」
「それは確かにそうだけど。でも、閨でくらい、もっとわがままを言って欲しいんだけどな」
 お前は特に何も言わないから――と耳元で囁けば、頬が薄紅に染まるのはいつもの事。
 褥の上で繰り広げられる攻防戦は、大概そのまま甘い睦み事に雪崩れ込み、最後は疲れ果てた彼女を腕の中に抱きしめて眠りにつく。だが、気がつくと彼女の小さく形のいい頭は、ヒノエの腕から零れ落ちてしまっているのだ。
「お前がくれるものなら、腕の痺れすらいとおしいのにな」
 白い頬にかかる髪を指先で払ってやりながら、ヒノエは目を細める。安心しきったように眠る愛しき妻の瞼へ、小さく口づけを落とした。
「そんな甘い痛みすら許してくれない姫君の眠りを、ずっと……オレに守らせて」


4. ゆめみる

 もう間もなく日付が変わろうという時刻。別当夫妻は、邸の裏手でこっそりと逢引していた。
 夫婦で逢引というのも変だが、神職である夫は新年の行事が控えているし、妻は妻で、裏方としてそれを支える雑事が山積みなのである。それを抜け出してきている以上、密会のようなものである。
 それでも許されるのは、ほんのわずかな時間。
「どうしても新しい年を二人きりで迎えたかったんだよ」
 無理言ってすまなかったな、と額に唇を寄せる仕草にくすぐったげに笑うと、彼女は緩やかに首を左右に振った。
「私だってヒノエくんと一緒に過ごしたいんだから、共犯だよ。――でも去年の春は、ヒノエくんとこんな風に過ごすだなんて考えてもいなかったなぁ」
「まだお前と出会う前のことだしね。オレだって、誰か一人にこんなに惚れ込む自分なんて想像すら出来なかったさ」
 寒さでか小さく震える肩を、神官の正装を纏った姿で後ろから抱きしめる。出会った頃は、こんな触れ合いを仕掛けるたびに逃げるか硬直するかだった少女は、穏やかな表情で彼の腕に身を預けている。
「愛してるよ、オレの神子。来年もその先も、ずっと二人で新しい年を祝う事を、お前に誓うよ」
「ん……、私は二人だけじゃなくてもいいな」
「え?」
 胸の下で組まれた夫の手に、己のそれを重ねながら彼女は微笑む。
「いつか、私たちに家族が増えたら……二人じゃなくなるよ?」
 歌うように呟かれた声は風の中に溶けていく。
「あぁ、そうだね」
 一つずつ年を重ねるごとに、きっとこの腕に訪れる幸せは増えていくのだろう。
 甘い予感にヒノエは目を閉じると、抱きしめた温もりへ頬を寄せた。

- END -

 

||| あとがき |||

ちょっとお試しで、神子の名前を一切出さずに書いてみました。結構面倒ですね…。もうやめよう。
どうもヒノエはネタが浮かびやすい(よく喋ってくれるからかも…)ので、試験的な内容は、どうもヒノエで試すか! という感じになってしまいます。

「季節へのまなざし」っていうのは合唱曲で、そこからタイトルを少々拝借。四季をイメージして書いてみました。ちなみに元の曲やら歌詞やらは、全然関係ない感じになっています。

「季節へのまなざし」の歌の中に
「みえてくるしあわせ、みえてくるふしあわせ」
という詩があるんですが、すごく好きなフレーズなんです。

しあわせもふしあわせも表裏一体だけど、生きていく中で、どんどんしあわせは増えていく。そういう風に思いたいなぁ…っていうのを、最後の2行に込めたつもりです。つ、伝わるといいな!


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