月下の祈り
2009.10.15
十六夜ED ヒノエが現代へ行く前で、ヒノエと白龍の会話のみ
- ヒノエ×望美
深夜の熊野。月だけが見守る神域の奥、正装を纏ったヒノエは緩く目を閉じて祈りを捧げていた。その手の中には、月光を真白く弾く料紙。神へ捧げる祈りを綴る文字は優雅な線を描き、書き手の技量を高らかに誇る。
祈りを終えると、胸元から取り出した逆鱗――今は光さえ弾かぬそれを握りしめてポツリと呟く。
「なぁ白龍、いるかい?」
「ここにいるよ、ヒノエ」
夜陰を震わせる声と同時に微風が生まれ、彼の目の前に神の姿が顕現する。懐かしい龍神の姿にヒノエは目元を和ませる。
「こうやって会うのは久しぶりだね、白龍」
「うん。今の私に人型はなく、名を呼ぶ人の願いを映して現れる。呼ぶ力が強くなければ、どれだけ傍にいても言葉を交わすことはできない。ヒノエは神を呼ぶことに慣れているのだね。祈りはまっすぐ私に届いたよ」
ふわりと服を揺らし、白龍はヒノエの前に腰をおろした。それに応じて、端座するヒノエの視線も下へと向く。
そう、現れた神の外見は馴染んだ丈高い男のものではなく、小柄な――まるで出会ったころの様な幼いものであったのだ。
「ヒノエは、満ちた私の姿よりも、こちらの方が気に入っていたみたいだから、この姿になった」
彼の疑問に気づいたのか、白龍はごく簡単に説明の言葉を口にする。淡々と紡がれた声に、ヒノエは僅かに居心地悪そうに身じろいだ。
「いや、別に大人になった白龍が嫌いなわけじゃないぜ? 単に、オレより背が高い男が姫君の傍にいるのがムカついただけで……もし誤解しているようなら謝る。すまなかった」
「分かってるよ。あなたの祈りには誠意があった。だから私も、あなたに喜ばれたくてこの姿をとった」
白龍は柔らかな視線を祭壇へと向ける。ヒノエが用意した『神への捧げもの』がそこに並んでいた。
御神酒を始めとした様々な供物は、熊野別当自らが手配したもの。彼自身も精進潔斎し、身も心も清めた上で白龍の名を呼んだのだ。
「そうかい? 選りすぐりの美酒を用意した甲斐があったかな」
「それだけではないよ、ヒノエ。正しい手順を踏み、その上で八葉として共にいた時のように私の事を呼んでくれたことが、一番嬉しい」
どこまでもまっすぐに返される白龍の言葉に、流石のヒノエも少し頬が赤く染まる。それを誤魔化すように、ヒノエは改めて白龍へと向かい直った。
「ところで白龍。今日呼んだのは他でもない。これのことだ」
鎖を鳴らして手の中に握りこんでいたものを示す。首を傾げるような仕草でそれを覗き込んだ白龍は小さく頷く。
「これは私とは違う『私』の逆鱗だね。――神子が持っていたもの? まだ神子の気が残っているよ」
「ああ、望美から借りた」
黙って拝借したことは告げなかったが、応龍となった白龍はすべて分かっているだろう。それでも彼は何も言わずにヒノエの言葉の続きを待った。
「逆鱗を使うと、時空を超えることが出来ると聞いた。これを使えば、望美のいる世界に行くことができるかい?」
「うん」
躊躇いのない仕草で白龍は首肯する。
「ヒノエなら出来るよ」
「そうか」
ほっとヒノエは息を吐くが、白龍の言葉に引っかかりを感じて顔を上げる。
「――オレ、なら?」
鸚鵡返しに呟くと、白龍は『そう』と答える。
「本来逆鱗は、与えた龍が許した者にしか使えない。この逆鱗ならば、私の神子だけ。ヒノエ、それを貸して」
真っ直ぐ伸ばされた手に、ヒノエは言われるまま逆鱗を置く。白龍の手に渡った途端、沈んだ色を湛えていたそれは、眩いばかりの光を放ち始めた。まるで眠り続けていた逆鱗が目覚めたかのように――。
小さな両手が白光を握り締めると、指の隙間から更に強い輝きが零れ出た。目をつむっても瞳を焼くそれは神威の証。まるで真昼の太陽を見上げた時のように強く眩しい光が、ヒノエの視界を焼き尽くす。
目を閉じ、暫く逆鱗から伝わる何かを感じ取っていた白龍は、やがて眼を開くと幼い頬に優しい笑顔を浮かべた。
「この逆鱗の持ち主は、私とは別の時空で死んだ龍」
逆鱗を失った龍は死ぬのだと、白龍はそっと告げた。
「彼はただひたすらに、神子が生きる事と――幸せを強く願っている。だから、神子の幸せを満たす事が出来る者には、惜しみなく力を貸してくれる。ヒノエは神子にとって必要な存在。彼はそれを理解したから、ヒノエのために時空の扉を開いてくれるよ」
「幸せを、満たす……」
――出来るのだろうか。
改めて問いを突き付けられ、小さな黒い染みがヒノエの心に浮かぶ。俯いた耳元へ、冠につく飾りがしゃらりと鳴る音が届く。聞きなれた、熊野を守る己の証たる音。
(熊野を捨てる事は出来ない)
望美が元の世界へ帰るのを見送った時の痛みが、胸の奥にぶり返す。
(でも、お前を諦める気は無いんだ)
「……ヒノエ?」
彼の名を呼んだ白龍は、小さな手をヒノエの掌へ重ねる。
「ヒノエは神子が好き。神子もヒノエが好き。――二人が思い合うことが幸せではないのなら、他に何が『人の子の幸せ』となるの?」
向けられるのは、神の問い。純粋すぎるそれは、ヒノエの惑いを正面から突き破る。
ひんやりと冷たそうなのに、何故か人と変わらぬ温度をもった神の指先が、一つ一つ丁寧にヒノエの指を折る。そうやって託されたのは、白龍の体温を仄かに移した逆鱗。その柔らかなぬくもりに、今はここにいない少女の姿を思い出して、ヒノエは泣き笑いの表情を浮かべた。
「神子は今もヒノエを待っている。私には分かるよ。遥か時空を隔て、この声が届かなくても、彼女を取り巻く息吹となり、風となり、私は今も神子の傍にいるのだから」
にこり、と幼い笑顔がヒノエの目を捉える。
「天の朱雀――八葉の証は消えても、あなたは永久に私の神子を守る仲間。その友に伝える言葉は、常に真実だけ」
真っ直ぐに向けられる視線に、ヒノエは力強く頷いた。
「白龍、ありがとな」
「うん。ヒノエ、神子に会ったら伝えて。私はいつも愛するあなたの傍にいると――」
慈愛の笑みを残し、白龍の姿が空気に溶けていく。
それを最後まで見送ってから、ヒノエは深く息を吐きだした。知らず緊張していたらしい。
「会うこと前提で伝言残していくんだからなぁ、アイツ」
喉の奥で笑い、ヒノエは握り締めた逆鱗を軽く宙に放り投げてから受け止める。
白龍の手を離れても光を失うことなく輝くそれを握り締めると、ヒノエの脳裏に遠く微かな鈴の音が伝わってきた。それが扉を開く鍵だと無意識に悟る。
「勿論、行かない訳ないけどね」
託された願いがあるからではなく、ただ純粋に、彼自身の手で望美を幸せにしたい。
時空を超える許可は得た。あとは己の力で全てを手に入れるだけ。
立ち上がり夜空を見上げれば、そこに輝くのは望月。愛しい人と同じ名を抱く月を見上た後、ヒノエは手の中の希望へと口づけた。
- END -
||| あとがき |||
真面目なヒノエが書いてみたかったんです。っていうか神職モードのヒノエくん。でも普通の神様を出すわけにいかないので白龍に来てもらいました。
あとマイ設定としては、ヒノエは字が上手です。
別当として、神官として、書類仕事がとても多いだろうから「見て美しい文字」を書くことに長けている人かな~と。(あとは勿論、恋文とかもね!)
芸術肌な(?)平家組である敦盛が、ヒノエに続く美しい文字を書きそう。お兄様が手取り足…はいらんな、丁寧にご指導してそうな気がします。
あと文書仕事がお得意そうな景時さんが、丁寧で読みやすい字を書くんじゃないかなぁ。
文書仕事もするけど、やや癖の強い力強い(良い意味で武士っぽい)文字が九郎。
弁慶は、丁寧に書けばちゃんと書けるけど「面倒だし、書類仕事は早さが命」なのでやや乱筆。(行軍中の指示書とか、特に読めない文字になってて九郎が苦悩してたら萌える)
…そんなイメージです。

