目眩
2009.10.12
※一部、色艶を匂わせる表現があります(が、R指定が要るような話ではありません)
- ヒノエ×望美
熊野を離れていると、それなりにやらなければいけない雑務も増える。
どうしても別当自らの指示が必要なことが生じたヒノエは、景時の邸の一室に篭り、ひたすら書状を書き連ねていた。
そんな彼の耳に、慌しい足音が届いた。
(なんだ? この足音は九郎のようだけど)
それにしては、音が酷く重い。
御簾の隙間から顔だけ出して外を覗けば、丁度九郎が角を曲がって姿を現すところだった。
「ああ、ヒノエ。いたのか」
どこかほっとしたような視線を向けられ、ヒノエは訝しげに首を傾げる。
「すまないが、弁慶がどこにいるか知らないか?」
「弁慶なら昼過ぎに、薬草を取りに行くと出て行ったけど、どうかし――」
思わず息を飲んでヒノエは立ち上がる。
「望美!?」
九郎に背負われているのは、白龍の神子と呼ばれる少女。しかし彼女の溌剌とした目は長い睫に覆われ、その頬は青白く血の気を失っている。九郎の首にかかる腕はくったりと下に伸び、ヒノエの大声にも反応する気配が無かった。
とりあえず入れ、と九郎を促し、御簾をあげて中へ招き入れる。几帳の奥、適当に片してあった夜具を手早く広げたヒノエは、九郎を手伝って望美を横たわらせた。
唐櫃から取り出した新しい袿を彼女の上にかけてやりながら、ヒノエは九郎にきつい視線を向ける。
「どうしたんだ? お前ら、研ぎ師のところへ行ったんだよな」
ヒノエの問いに、九郎は首肯する。
「研ぎが終わって邸へ戻る途中で、突然しゃがみこんでな。大丈夫かと聞いたら『少し目眩がしただけです』って言うんだ」
低い声で答えた九郎は手を伸ばし、望美の頬にはりついた髪を不器用な手つきでそっと払った。何気ない仕草だったが、その指が何故か不自然な場所で止まる。
「そ、それでだな。少し木陰で休ませたんだが、まだ辛そうだったんで背負ってきた。――疚しい事はなにひとつないぞ」
最後に付け足された言葉に、ヒノエは思わず噴出してしまう。
「誰もそんなこと聞いてないじゃん」
「いや、そうかもしれないが」
妙にしどろもどろな様子で言葉を紡いだ九郎は、ヒノエに戸惑うような視線を向ける。短い逡巡の後、九郎は溜息交じりに口を開いた。
「――望美がな、背負われてる間に、何故かお前に謝っていた」
「え?」
「理由は分からんが、出来れば……その、なんだ。優しくしてやってくれ」
九郎の口から出たとは思えない言葉に、思わずヒノエは目を丸くして九郎を見つめる。その視線に居たたまれなくなったのか、九郎は薄く目元を染めたまま立ち上がる。
「すまないが、ヒノエ。あとは頼んでいいだろうか」
「……いや、それは構わないけど、あんたはどうするんだ?」
「念のために薬師に見せた方がいいだろう。弁慶がいないのでは仕方ない、六条堀川から薬師を連れてくる」
弁慶が戻ったらここに来るよう、邸のものに頼んでおく――と言い添えて、九郎は足早に室を出て行った。
「謝罪、ねぇ……」
最後に残された言葉の真意を考えながら、ヒノエは昏々と眠る少女へ視線を向けた。長い睫が頬に翳を落とし、肌の白さと合わせてまるで人形のような姿だ。
(汗がひどいな)
端布を手に取り、水でも汲んでくるべきかと考えながら、汗ばむ肌を拭う。額、首筋、と手を動かしていたヒノエは、ちらりと垣間見えたものに苦笑を浮かべる。
「九郎の挙動不審は、これか」
神子の滑らかな肌、丁度髪で隠れる様な位置に小さく刻まれた紅の花弁。明らかに口づけの痕と分かるそれに、あの純朴な御曹司が動揺するのも仕方あるまいと思う。
(つけたのがオレって気付いたのは、九郎にしては上出来だけど)
自身より年上の男を評する言葉ではないが、ヒノエは飄々と嘯く。
「それにしても、無理する癖はどうにかして欲しいね、姫君」
手を伸ばし、きつく寄せられた衿元を僅かに緩めると、目に見えて望美の呼吸が穏やかになる。更に袷をくつろげれば、その胸元にも一つ二つと散りばめられた所有の証がある。
「この暑さでキッチリ衿元詰めたら、苦しいに決まってるだろ?」
分かっていて、きわどい場所へ情事の証を刻んだのは自分。
「謝るなら、本当はオレのほうなんだろうね」
多分、望美が言っていたのは、ヒノエに心配をかけることを謝る言葉だろう。
だけどそんなことを謝られても困るのだ。
彼女の事を想わない自分なんて、もはや有得ない。常に目を奪われ、心を縛られてしまう相手だからこそ手に入れたいと願った。無理をさせると分かっていても、この腕に閉じ込めて奪ってしまいたかったのだ。
「ねぇ、だから早く目を覚ましてよ、オレの姫君」
人づてに聞く言葉なんてむなしいだけ。
謝る言葉を互いに伝え、それに倍する愛の言葉を紡ぎ合おう。
薄く開いた唇に己のそれを重ね合わせ、ヒノエは甘い願いを呟いた。
- END -
||| あとがき |||
…ちょいエロ? いえいえ、そんなことないですよね…!?
というわけで、なんだか完全に「出来上がっちゃってる」状態のヒノエと望美が書いてみたくなったのでチャレンジ。何故か方向性がおかしいのは、いつものことです。

