嫁ぐ日は近づき

2009.10.06
熊野EDで祝言前

- ヒノエ×望美


「嫁入り道具は私に任せて」
 望美がヒノエと生涯を共にする決意を八葉たちに告げた時、実に幸せそうな笑みを浮かべて宣言したのは朔だった。
 嫁入り道具は新婦の生家が整えるものだ。だが、望美の生まれ育った家族はこの時空にはない。ヒノエは「姫君の必要なものは全てオレがそろえるから、その身一つでくればいいよ」と大らかに言ったものだが、それに真っ向から否を突きつけたのが朔だった。
「私は、望美の半身――黒龍の神子なのよ。家族と同じく、いえそれ以上に彼女を大事に思っているわ」
 だから、望美が幸せになる手助けをしたいのだと。
 異世界に残る事を決めた親友の為に、彼女の姉となり母となる事を――ヒノエとは異なる立場で家族となることを、朔は決意したのだ。
 その友情に、ヒノエは鷹揚に笑って頷いた。
「朔ちゃんが選んでくれるなら安心だね。よろしく頼むよ」
 女性には優しくするべきだと常々思っているし、それを過たず実践しているのがヒノエである。しかも相手は戦場を共に駆けた仲間であり、彼の愛する神子姫の為を思って言われた言葉だ。断る必要がどこにあるだろうか。
 ――そんな経緯を経て、次々と趣味のよい調度品や華麗な衣装などが熊野に届けられた。
 その中には、朔の依頼を受け、ヒノエが交易の合間に探してきたものもあったが、朔が己の半身である白龍の神子の為に――と選んだ品々は、ヒノエから見ても素晴らしいものばかりだった。


「でもやっぱり、少し悔しいな」
 朔から届いたばかりの着物を望美へ着せ掛けてやりながら、ヒノエはぽつりと呟いた。
 望美といえば一斤染、と言う印象があるが、今回送られてきたのは蘇芳を基本に淡い色彩で花が散らされたものだった。
 元となった反物を買い付けてきたのはヒノエだったが、望美のように若い女性にはちょっと地味なのではないか――と思っていた。しかし「こういった色合いのものを」というのは朔の依頼だし、たとえ今の望美に似合わなくとも、将来――十年後、二十年後になってから着てもいいだろうと考えていたのだ。
 しかし実際にそれをまとわせて見れば、若々しい表情が際立ち、藤色の髪も輝くように映えてみえるのだから、これはもう脱帽するしかない。
「え、なにが悔しいの?」
 源氏の神子と呼ばれた少女は、あと半月もすれば正式に夫となる男に向かって首をかしげた。
 その仕草はとても可愛らしいものだったので、ヒノエは自分の頬が一瞬緩むのを感じたが、言われた言葉は聞き逃せないものだったので、改めて望美に向かい合う。頤をつまみ、真正面から目を覗き込んだ。
「姫君、お前の恋人は誰?」
「ヒノエ君だよ」
「そうだよな。その恋人が選んだ着物より、朔ちゃんが選んだ着物の方がお前に似合うっていうのを、オレが悔しいって思うのは駄目なことなわけ?」
「そっ…――!」
 悔しいの内容が、そんな部分にかかってくるとは想像もしなかった望美は、ぱっと頬を染めて絶句した。
「それはねぇ」
「うん?」
 顔を抑えられ、視線を逸らすことさえ許されない望美は、恥ずかしさを堪えながら世界でただ一人、全てをささげようと決めた相手に告げる。
「ヒノエ君がこの着物を似合うって思ってくれてるとしたら、それは私と朔、二人分の気持ちがはいっているからだよ」
 ヒノエの瞳に映る自分が彼にとって最上でありたいと願う自分と、望美の願いを叶えようと誓った朔の思い。
「だから、一対二で、私たちの方が勝つんだよ」
 晴れやかに笑った望美の頬へ、ヒノエは楽しげに口付けた。
「――全く。姫君たちは本当に仲がよくて妬けるな」
「そりゃあもう、愛してますもん」
「誰を?」
 意地悪く問いかければ、拗ねたような声と共にヒノエの唇が塞がれる。
「……言わなきゃ分からないの?」
 吐息が触れ合う距離で呟かれた言葉は、蜜のように甘く。
 不意打ちのような接吻はごく短いものだったけれど、少女の方から触れてくる事は滅多に無い。それだけでヒノエの鼓動は高まるのだけれど。
「でも、たまにはお前の可愛い声で囁いて欲しいって願ってはいけないかい? ――愛してるよ、望美、オレの姫君」
 お前は? と艶を含んだ声で問いかければ、ふるりと睫が震えたあと、望んだ睦言が返されるのだった。


- END -

 

||| あとがき |||

たまにはストレートにラブっぽい話を。
朔を出してしまったので、やばいちゃんとラブに進まなかったらどーしよう、と思ったのはヒミツです。最後の「誰を?」で「勿論朔に決まってます!」とか一瞬書きかけたのも秘密ですよ?(…)

今回のタイトルは「嫁ぐ娘に」という合唱曲の中から拝借しています。
嫁ぐ娘を導く新しい星、それは彼女の指に輝く婚姻の指輪。……そんな姿を歌う、素敵な曲です。
学生時代に合唱部に所属していた時に歌った曲なのですが、まーなんというか、すっごく難解で難しい曲で、それでも今も大好きな曲の一つだったりします。

熊野に残った望美の手に、彼女が生まれ育った時代のような指輪は無いけれども、彼女を導く新しい星は常に傍らにあって、お互いに手を取り合い、ずっと仲良く歩いていくのだと思います。

ところで弁慶さんが
「望美さんがヒノエの北の方になるということは、僕の姪になるってことですね。…ふふ、可愛い姪っ子の為に何かお祝いをしないといけませんね」
とかなんとかいって、着物を送ろうとして、ヒノエに阻止されるという話も思いついたりするわけですが、流石にここに書くとわけわからなくなるので(…)割愛してみました。でも機会があったら書いてみたいものです。


web拍手web拍手

←RETURN