Beside of You

2011年2月八坂御所発行コピー本よりの再録。(加筆修正はありません)

- 弁慶×望美


 アルバイト帰りに寄ったバーガーショップで、望美はポテトを口へ運びながら手帳を眺めていた。さっきまで向かいに居たバイト仲間は、彼氏からの電話で呼び出されて先に帰って行った。彼女が半分以上残して行ったポテトを片付けつつ、美味しいけど、食べたらしっかり動かないと太るなぁ……などと、ぼんやり考える。
 数ヶ月前まではそんな事を考えなくても、怨霊退治で駆け回るだけで十分以上にダイエットになっていた。体力的にはきつかったけど、健康な毎日だったよなぁ、等とかつての日々を追想していた望美は、意識を眼前のカレンダーに無理やり戻した。
「ホント、どうしようかなぁ」
 ショートケーキのシールで彩った一マスを睨みつけて溜息を吐いた後、視線を横にずらしてピンクのハートマークを書き込んだマスを見て、更に首を傾げる。
 前者のマス目は二月十一日――つまり弁慶の誕生日であり、後者はバレンタインデーだ。
 間に挟まるのは、たった二日。ついでに言えば、弁慶の誕生日までも片手で数える程の日数しか残されていない。
「どうして、こうイベントが近いんだろう」
 別に嫌なわけではない。むしろ逆だ。弁慶が生まれ育った時空に戻らず、この鎌倉で生きる事を決めてくれてから初めて迎える一大イベントだ。ちなみにクリスマスや正月も一緒に過ごしたけれど、あの時点での関係はまだ曖昧だったのでノーカウントだ、と望美は思っている。
 恋人が喜ぶ姿を想像しながら、あれもやりたい、これもやりたい……と色々胸を脹らませているのだ。
(うわ、恋人だって)
 一人でツッコミをいれた望美の顔が、うっすらと赤くなった。誤魔化すように、手帳に顔を埋めて深呼吸する。ついでにテーブルで足元は見えないだろうと思って足踏みもしてしまうが、背中が揺れているのでバレバレだ。
 どう見ても不審人物なのだが、今の望美はそこまで考えが回らない。
 ようやく落ち着いたところで顔を上げると、アイスティーを啜って息を整える。
「バレンタインはチョコレートでいいとして、問題は誕生日のプレゼントだよね」
 チョコレートは手作りに挑戦する事にした。勿論、一人で作るなんて危険な真似はしない。譲に先生役を頼むために有川家へ押しかけた時、将臣にはすごく嫌そうな顔をされたが(絶対、毒見役に使ってやるとその時決意した)心優しいもう一人の幼馴染は、笑顔で了承してくれた。その時に「弁慶さんなら薬師ですし、きっと大丈夫でしょう」と呟いた理由は、深く考えない事にしておこう。
 だからチョコはいい。
 何を贈るか、まだ思いつかない誕生日プレゼントの方が圧倒的に難題なのである。
「あまり高い物は買えないし、そもそも何を買ったらいいのかなぁ」
 喜ぶ物は、何となく分かる。
 例えば本とか、薬草とか、そういった類ならハズレない事は分かっている。だが以前弁慶が読んでみたいと言っていた本は難解な学術書で、諭吉さんが数枚飛び立って行くような値段で断念した。もう一つの薬草だって、この現代鎌倉のどこで探せるというのだろうか。
「薬草が見られる場所に行く、とかはどうだろう」
 雪がちらつくような時期に野山を歩くのは辛いが、温室なら冬でも暖かい。都内にある熱帯植物園などを思いだして呟くが、すぐに望美は首を傾げる。
 いいアイデアな気もするが、それでは単なるデートと変わらない。お祝いというには微妙な気がする。
(それに下手すると、交通費から入場料、食事とか全部弁慶さんが出してくれちゃったりするからなぁ)
 プレゼントする筈が、逆に奢られてしまっては本末転倒もいい所だ。かといって全額を望美が支払えるかというと流石にそれも無理だ。
「今からじゃバイトを増やすのも無理だし」
 考えれば考えるほど、袋小路に嵌ってしまうようで、望美はぐったりとテーブルへ半身を突っ伏した。
「あああああ、どうしようかなぁ」
「――何かお困りですか?」
 頭上から降り注ぐ柔らかな声に、望美は大きく目を見開いた後、慌てて顔を上げた。
「べ、弁慶さん!?」
「こんにちは、望美さん」
 にこやかに微笑んだ青年は、肩から提げていた鞄を降ろしながら、望美の向かいの椅子へ置く。その上へ脱いだコートを重ねながら、ほっとした様に息を吐いた。
「外は寒いから、屋内は暖まりますね。ちょっとコーヒーを買ってきても構いませんか?」
 それとも、もう店を出ますか、とトレイへ視線を向ける弁慶へ、望美は慌てて首を横に振った。
「あ、いえ。まだ時間はあるので……大丈夫です」
「そうですか。じゃあ行ってきますね」
 財布だけを持って、店のカウンターへ向かう。すらりとした後ろ姿を眺めながら、望美はぽかんと口を開いた。
「あれ……なんで弁慶さん、こんな所にいるんだろう」
 呟きは至極もっともなのだが、如何せん反応速度が遅すぎる。色々考えている内に、会計を済ませた弁慶が、トレイにコーヒーとハンバーガーを載せて戻って来てしまう。
 望美の正面に腰を降ろした弁慶は、ちらりと望美を見遣った後、コーヒーに手を伸ばした。ほんの少しだけ砂糖をいれ、プラスチックのマドラーでかき混ぜつつ口を開く。
「それで本当にどうしたんですか? 店の前を偶然通ったら、君に似た姿が見えたので、つい中に入ってしまいましたが、なんだか考え込んでいるようだし、声をかけようかちょっと迷ったんですよ」
「べ、別にどうもしませんけど」
「本当に? どうしよう、とか仰っていた気がしましたが、僕の気のせいでしょうか」
「うん、気のせいですよっ」
 じっと見詰めてくる琥珀色の視線に耐え切れず、アイスティーに手を伸ばすと勢い良く飲み下した。しかしストローで飲むには少々強く吸い過ぎたようで、思い切りむせてしまう。
「っ、ゲホッ……!」
「ああもう、望美さん、大丈夫ですか?」
 弁慶が立ち上がり、望美の背を柔らかく撫でる。その一方で上着のポケットからハンカチを取り出すと、望美の口許に宛がう。
「すみ……ま、せん」
 ようやく呼吸を整え、望美は目尻に浮いた涙を指先で拭いながら頭を下げた。
「謝る必要はありませんよ。でもあまり無茶はしないで下さいね」
「はい」
 こくりと頷き、もう一度頭を下げた。途端に手に握らされている弁慶のハンカチが視界に入ってしまい、思わず赤面するような思いを噛み締める。自分が全て悪いのだが、この歳になって誰かに口周りを拭われるだなんて、まるで子供みたいだ。ただでさえ、普段から弁慶との差――年齢だとか人生経験だとか、そういったもので落ち込む事があるというのに。
 ぎゅっと手を握り締めた望美を見て、考えるように数度瞬いた弁慶は、一瞬だけ苦笑を浮かべた後、手をハンバーガーに伸ばした。丁寧に包み紙を外し、ぱくりとパンに齧り付く。
「うーん、もう少し辛い方が好きだな」
 一口食べた所で、そんな風に呟く。
「ファストフードは手軽で美味しいですけど、味付けが調節出来ないのがつまらないですね」
 弁慶の声に顔を上げた望美へ笑いかけると、あっという間に――しかし驚くほど優雅な仕草でバーガーを完食する。
(なんか、弁慶さんとハンバーガーって、似合うような、似合わないような……不思議な感じ)
 望美の視線を余所に、ゴミとなった包装紙を丁寧に畳んでトレイへ戻すと、弁慶は程よく温くなったコーヒーを手に取った。
「ねぇ望美さん」
 ごく自然な問い掛けに、望美は素直に「はい」と応じる。多分弁慶の行動に、半ば現実感を失っていたのだろう。先刻問い詰められかけた時の警戒心は、すっかり消えてしまっていた。そんな心の間隙を突くように、鋭く弁慶が切り込んでくる。
「さっき『アルバイトを増やす』と言っていたような気がするのですが」
 両手でカップを包み込むようにしながらの言葉に、望美はぴくりと肩を震わせた。
「何か、そんなにお金が必要な事があるのですか?」
「えっと……」
 どう言ったら弁慶を誤魔化せるだろうか、と考えながら望美はとりあえずといった風に口を開く。しかし続く言葉は何ひとつ思い浮ばない。なにより、この元・源氏の軍師という賢者の代表みたいな男を相手に、望美の弁舌で敵うことなど百に一つも有り得ない。
 ちら、と上目遣いに弁慶を見遣れば、すぐに爽やかな笑顔が返って来た。
(あ、駄目だ)
 ここで弁慶が怒っているのなら、どうにか逃げようもあるのだ。感情に任せて適当に言い散らし、そのまま脱兎すれば望美の勝利だ。だが彼が好青年極まりない表情を湛えているのは、相手を論破する気満々な時である。
 冷静に、怜悧に、聡明に。
 一つ一つ、望美の逃げ道を塞ぎながら言葉を重ねてくるに違いない数分後の未来を想像し、望美は内心で白旗を掲げた。泣きながら屈するよりも、早々に敗北を認めた方が身のためだ。
「……もうすぐ弁慶さんの誕生日と、バレンタインじゃないですか」
「ああ、そういえば二月になりましたね」
 少し前まで使っていた如月という語ではなく、現代に即した暦を口にしながら弁慶は頷いた。
「どうも生まれ日というものは記憶に残り難いですね。あちらでは新年に揃って歳を重ねるものですから」
「うん、でもここは誕生日を祝うわけだし、私も弁慶さんの誕生日がお祝いしたいのね」
「ありがとうございます」
 嬉しそうに笑う弁慶につられて、望美の顔にもふわりと笑みが広がる。
「でも、それでどうしてアルバイトを――…あっ」
 不思議そうに問い掛けた弁慶が、途中で言葉を切る。ゆっくりと広がる理解の色へ呼応するように、望美の目元がじんわりと薔薇色に染まって行った。
「……そ、そういうわけです」
「本当に君は、可愛い人ですね」
 ぽつりと声を漏らした望美の頬へ片手を伸ばし、弁慶は呟いた。
「君は高校生で、手に出来るお金には限りがあります。その事を今の僕は、ちゃんと理解しています。勿論、僕だって物欲が無いとは言いません。贈り物を貰えば嬉しいと思います。だけど――」
 望美の頬へ触れる指先を動かし、瑞々しい少女の輪郭を辿る。爪先が顎に辿り着いたところで、真正面から彼女の瞳を捉えた。
「形に残る物よりも、望美さん。君と過ごす時間の方が、ずっと僕にとって貴重で大事な贈り物なんですけどね」
「えっ、私?」
「他にどの望美さんがいるとでも?」
 するりと親指の腹で少女の唇を撫で、その行為にぱっと頬へ紅を散らした望美を嫣然と見遣ってから手を離す。
「アルバイトなんかして僕と過ごす時間を減らすくらいなら、その分ずっと傍にいて欲しいです。駄目ですか?」
 声に滲む甘い音色、そしてひたむきに寄せられる真摯な視線に、望美は首を横に振ることしか出来ない。
「駄目なわけないです」
 私だって弁慶さんと一緒に居たい、と囁くように付け加えれば、弁慶の眦が笑みの形に柔らかく緩んだ。
「ふふっ、嬉しいですよ」
「でもやっぱり、弁慶さんの誕生日はお祝いしたいなぁ」
 弁慶の言葉に照れたように笑いながらも、望美は小さく言葉を漏らした。
「それこそ、簡単ですよ。十一日は祭日だから、望美さんは学校お休みですよね?」
「え? はい、そうですけど」
「でしたら、朝から夜まで――といっても、歳若いお嬢さんを夜遅くまで引きとめる事は出来ませんから、遅くならない内に家までお送りしますけど、出来る限り長く沢山、僕と一緒に過ごして、さっきの願いを叶えて下さいませんか?」
 二人の間に置かれたトレイを脇に避け、弁慶は望美の手を握り締めた。周囲の視線を気にして望美は腕を退こうとするが、指をしっかり絡め取るようにして、逃げる動きを封じ込める。
 短い無言の攻防戦の後、望美は深く息を吐いてそっと自分の指先に力を込めた。弁慶と触れ合う距離が、少しだけ近くなる。
「朝から……ですよ?」
「別に前夜からでも、僕は一向に構いませんが」
「前の日からお泊まりなんかしたら、絶対翌日家から出られない気がするからダメ」
 早口で告げられた言葉はあまりにも小さな声だったけれど、その内容に弁慶は苦笑を噛み殺す。
「分かりました。朝からで我慢しますよ」
「我慢っていうのかなぁ……」
 望美は起用に手を繋げたままで肩を竦める。そんな少女へ誤魔化すように笑みかけると、弁慶は名残惜しげに手を放した。
「望美さん、そろそろ帰りませんか?」
「あっ、そうですね。大分長居しちゃったかな」
 腕時計を見て時刻を確認すると、望美は慌ててトレイに乗った物を片付ける。それを弁慶がさり気なく脇から奪い取り、近くにあったゴミ箱に放り込む。望美が礼を言うより早く、今度は彼女のコートを手に取って、丁寧に着せ掛けた。
「ありがとうございます、弁慶さん」
「どういたしまして。では行きましょうか、家までお送りしますよ」
 自らもコートに袖を通し、鞄を持ってから望美へ手を差し伸べる。
 大きく温かな手に、自分の手のひらを重ねると、望美は隣を歩く人の横顔を見上げた。
 京に居た時よりも、少しだけ鋭利さを増したように感じる顎先。特に疲れが見えるわけではないが、弁慶がこの時代に馴染むため、数多くの努力を重ねていることを望美は知っている。手にした重い鞄の中身も、図書館の本や勉強用のノートが一杯に詰まっているはずだ。
 ただ弁慶は、そういった苦労を望美にあまり見せようとしない。だけどいつかは、黙っていても頼ってくれるような、そんな存在になりたいと思う。
(今はまだ何も出来ないけれど、いつかきっと)
 胸の奥に宿る焦燥感に突き動かされるまま、望美は繋いだ手を軽く引き、弁慶の名を呼んだ。
「ねぇ弁慶さん。まだもう少しだけ日が落ちるまで時間があるから……」
「時間があるなら、遠回りして帰りませんか?」
 望美の声に続けるように、弁慶が口を開く。
「えっ、どうして私の言いたい事……」
 驚きで見開かれた翡翠の瞳に、弁慶は楽しげに頷いて見せた。琥珀の瞳には悪戯っぽい光が瞬いている。
「実は僕も、望美さんに回り道をねだろうかと思っていたのですよ。子供みたいですけど、なんだか離れがたくて」
 店の扉を潜り抜けながら、秘密を明かすように囁く声に望美は晴れやかな笑顔を浮かべる。
「弁慶さんは私よりずっと大人なんだから、たまには子供っぽくても全然オッケーです」
「そういうものですか?」
 訝しげに目を眇めた弁慶だが、望美の嬉しそうな様子をみて、まあいいか、と言う風に軽く首を振った。
 ビルの合間から強く吹いた風が、二人の髪を揺らす。
「やっぱり外は寒いですね」
 身震いし、望美が呟く。それに弁慶が何か答えるより早く、望美はぴたりと弁慶の腕に身を寄せた。
「……こうすれば、少しはあったかいかな」
「ええ――とても」
 数秒の沈黙の後、弁慶は静かに応じる。
(とても、心が暖かいですよ)
 このまま抱き締めてしまいたい衝動と戦いながら、弁慶は望美の歩調に合わせて足を進める。
 二人の足先には、長く影が伸びていた。太陽の位置の関係か、まるで一つの姿のように、真っ黒な影がアスファルトに焼きついている。
(ずっと、君とこうやって歩いていたい)
 触れ合う距離よりも、もっと近い場所で。


 ――永遠に。


‐終‐


||| あとがき |||

八坂御所で発行したコピー本の弁のぞ話です。
誕生日とバレンタインを無理やりくっつけたようなお話です。
ハンバーガーを食べる弁慶は、ちょっと自分でも想像がつかない気がしたけど、でもまぁアリだよね! と。


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