僕は黙って白旗を掲げる

2009.12.07
ED後の二人

- 弁慶×望美


 ――先輩の幸せを、ずっと祈っています。
 そう言って、桜の開花を待たずに、謙は白龍の力に導かれ現代へと帰って行った。


「少し歩いてから、戻りませんか?」
 三々五々去りゆく仲間たちの背を見送りながら、望美はそういって弁慶を散策に誘った。弁慶に否やはなく、神泉苑のなかを並んで歩きながら、ぽつりぽつりと去った友の思い出を語った。とはいえ、大体において喋るのは望美で、弁慶はそれに静かに丁寧な相槌を返す。
 さくりと落ち葉を踏む足が止まったのは四半刻ほど歩いた頃だろうか。繋いでいた手が引かれ、つられて足を止めた弁慶はゆっくりと振り返った。
「望美さん?」
「こうやって、みんな少しずつバラバラになっていくんですね」
 視線を足元へ落とし、望美は呟く。
 翡翠色の瞳の先にあるのは真新しい草履。まだ歩き慣れないそれは、京に残ることを彼女が決めた日から、足元を飾るようになった。白龍の神子として京から壇ノ浦まで数多くの土地を踏みしめたスニーカーは、陣羽織とともに京邸の自室へ大事にしまわれている。
 怨霊退治という共通の目的を達成し、八葉はそれぞれの道を歩き始めた。彼らに刻まれていた八葉の証も、すでに消え去って久しい。無くなって数日は――特に普段から目につきやすい場所に玉のあった弁慶や敦盛などは、なんとなく落ち着かずに玉のあった場所へ無意識に触れたりしていたが、今はもう、そのようなこともない。
 静かにゆっくりと、日常は回帰している。
 若草色の着物の袖口を掴むようにしながら、望美は言葉を続けた。
「先生と敦盛さんは鞍馬だから近いけど、景時さんはもしかしたら鎌倉に行っちゃうかもしれないし、九郎さんは忙しくてすれ違いばっかりだし……。ヒノエくんも熊野に戻ったら、今みたいに気軽に会えなくなりますよね」
「ヒノエは呼ばなくても、いつでも来そうな気がしますが」
 ほのかに苦いものも含む口調だったが、幸いにも望美は気付かなかったようだ。無邪気な声で否定が返る。
「そんなことないと思いますよ。忙しそうだもの」
「どうでしょうね」
 弁慶は緩く首を傾げた。
「皆がいなくなると、淋しいですか?」
「そりゃあ、今までずっと一緒にいたわけですしね。平和になった証拠だなとは思うんですけど」
 握りしめていた自分の袖を離し、笑顔を浮かべながら風で乱れた髪を直す彼女を、弁慶は衝動的に腕の中へ引き寄せた。
「ど、どうしたんですか、弁慶さん」
「――僕がいるだけでは駄目ですか?」
 急な抱擁に驚きもがいていた少女の身体が、ぴたりと動きを止める。
「べん、けい……さん?」
「君をこの世界へ残らせたのは、僕の我儘です。でも君に淋しい思いをさせたいわけじゃない」
「我儘なんて……!」
 身体を離し、顔を覗き込もうとする望美を縛めるように、弁慶は彼女の肩へ顔を伏せ、抱きしめる腕の力を強くした。
「すみません。このまま聞いてください」
 低い懇願の声に、望美は戸惑うように瞬いた後で頷いた。さらりと揺れる髪の動きで応えを知り、弁慶は伏せた面へ笑みを刻んだ。
「ありがとう。でもね、これは僕の我儘なんですよ。君をただ、独占したいだけなのですから」
 淡々と紡がれる声とは裏腹に、望美の鼓動は彼の言葉が紡がれるたびに跳ね上がっていく。あまりにも心臓がドキドキしすぎて、弁慶に聞こえてしまうのではないかと不安が生まれるよりも早く、さらなる衝撃が望美に訪れる。
「望美さん。僕と共に、暮らしませんか?」
「え?」
「景時の邸のように広くもないし、京に不慣れな君には不自由なことも沢山あると思います。まぁ……薬草とか本に、埋もれていますしね」
 遠慮気味に付け足された言葉に、思わず望美は笑みが零れる。
「京邸のお部屋より酷くなければ大丈夫ですよ」
「善処します」
 真剣に応じてから、再び弁慶は口を開く。
「でも小さい家だからこそ、君との距離が近い。淋しいなんて思わせません」
「……うん」
「謙くんが最後に願った言葉を、僕が叶えたいんです。君を必ず、幸せにします」
 優しく響く言葉に目を閉じ、望美は弁慶の背を抱き返した。
「もう、幸せですよ?」
「え?」
「好きな人に一緒に暮らそうって言われて、嬉しくないわけ無いです。それに――弁慶さんは一つ間違っています。弁慶さん『が』幸せにするんじゃなくて、二人『で』幸せになるんです。違い、分からないはず無いですよね」
 弁慶の長い髪に頬を寄せて、自分の髪とは違う肌触りを楽しみながら望美は断定口調で言い切った。
 その楽しげな色合いを強く含む声に、弁慶はゆるゆると抱きしめていた腕を解いた。
「望美さん――」
「だから、私も弁慶さんを幸せにします」
 弁慶が見詰める笑顔は、彼女の言葉そのもののように喜びに彩られ、手が届かないと思っていた翡翠の瞳には、まっすぐに己の影が映り込んでいた。薄くたゆたっていた不安の色が、鮮やかな緑の中に溶けて消えていく。
「……君には敵いませんね」
 望美の頬に触れようとして、冷えた指先に直前で気付く。退けかけた手のひらを、望美がそっと捉えて握りしめた。
 優しく伝わってくる熱に、二人で居ることの幸せを思う。
「愛していますよ」
 何度繰り返しても飽くことのない言葉を囁きながら、弁慶は柔らかな唇に口づけた。

- END -

 

||| あとがき |||

要するに「君にはかないません」ということ。


web拍手web拍手

←RETURN