痛みよりも確かな
2009.11.20
終章あたり…かな?
- 弁慶×望美
「どうして分かってくれないんですか!」
興奮で息を切らし、怒りで顔を赤く染めあげた望美が叫ぶ。
「どうしてと言われましても……困りましたね。君の言っている事は理解しているつもりですが」
穏やかな口調で応じる弁慶の手は止まることなく作業を続けている。視線すら上げない様子も、実は望美の怒りを煽っているのだが、弁慶は気付く様子すらない。寧ろ気付かぬ振りで受け流しているのかもしれない。
「ああ、望美さんすみません。そちらの袋にある薬草を取っていただけますか? 赤い紐で結わえてある革袋の中です」
拳を指が白くなるほど握り締めながらも、望美は大人しく弁慶の指示する薬草を取りに動く。更に弁慶が使いやすいように、袋を開け、中で束ねてある草を丁寧にバラしてから手渡す。彼女の気遣いに、弁慶は小さく笑みを浮かべて礼を口にする。だが、彼の笑顔にも望美の怒りはまだ収まらない。
作業を再開した弁慶を見下ろし、再び望美は弁慶に言い募った。
「あのね、それは理解じゃないんですよ。ただ『聞いているだけ』っていうんです」
「そんなことはありませんよ。ちゃんと望美さんが僕の事を心配してくれているのは分かっていますよ」
「だったら!」
「でも、僕は八葉だから。君を庇って褒められこそすれ、咎められる謂れはありません」
出来上がった薬を、弁慶は己の腕へと塗布する。
左腕へ、長く一直線に走る太刀痕は、今日の戦闘で望美を庇って負ったものだ。そんなに深くはない傷だが、丁度手持ちの傷薬を切らしていたために手当てが遅れ、未だにじくじくと赤い血が滲み出ている。
晒し布で傷口を覆い、更にその上から固定するための細布を巻きつけていく姿を凝視していた望美は、彼の前に膝をつきながら手を伸ばした。丁度巻き終えた布の端を結わえようとしている弁慶の手をやんわりとした動作で制する。不思議そうに顔をあげた弁慶へ向けて、望美は首を左右に振ってみせた。
「結わくのなら、出来るから」
それ位させてください、と言って、きつくなり過ぎないように気をつけながら布を固定する。
「……ありがとうございます」
目を細めるようにして微笑んで礼を言った弁慶は、布を結わき終えた姿勢のままで静止してしまった望美の手へ、己の手のひらをゆっくりと重ね合わせた。
「八葉は龍神の神子を守り支える存在。君を守るために僕らは選ばれた。――まぁ最初は戸惑う気持ちの方が強かったのは確かですよ。でも今は、望美さん。君の八葉で良かったと思っています。君を守る場所を他の誰に譲る気もありませんしね」
「でも私は、一方的に守られても嬉しくない」
手探りで探るようにして弁慶の指を絡めとると、ぎゅっと手に力を込める。
「私も弁慶さんを守りたいのに」
「今でも十分守ってもらっていますよ」
「嘘!」
こんな傷を負ってるじゃない、と呟く声が湿り気を帯びる。
涙を堪えるように唇を噛んだ望美を見て、弁慶は傷を負った左手で彼女の頬に触れた。
「確かに身体は傷だらけかもしれません。でも、もっと大切なものを、君が僕に与えてくれた。だから、どうか自分を傷つけないで。――僕は、君の傷を見るほうがずっと……苦しい」
緩やかに親指の腹で唇をなぞり、噛み締める動作を止めさせる。歯が唇を食い破っていない事を確かめ、弁慶はほっと息を吐いた。
「誰かを守りたいとか、大切にしたいとか。そんな気持ちが僕に残っていたなんて、今も信じられないんですよ。どんな策を弄しても、どれだけ他人を死地に追いやろうと、己の命を失う事になろうと、全く痛む事のなかった心を――君が、繋ぎとめた」
瞬く翡翠の瞳から、一滴の涙が零れ落ちる。
まるで真珠のようだな、と思いながら弁慶は頬を捉えていた手を離す。その動きを拒絶と捉えたのか一瞬表情を強張らせた少女を、弁慶は己の胸元へと抱き寄せた。左手はそっと添えるだけ、しかしその分右手に強く強く力を込める。
「そうやって君が僕の心を支えてくれるから、僕は傷つく事を恐れずに戦えるんです」
望美の体温を確かめるように肩口へ顔を埋めると、望美の手が弁慶が纏う外套に絡みついてきた。手繰るように動かした指は弁慶の頭部を覆う布を小さく音を立てて取り払う。漆黒の合間から零れ出た髪へ触れる仕草は、どこかたどたどしく、それでいて愛撫めいた仕草で弁慶の微笑を誘う。
「守って下さい。僕が闇の誘惑に、負けないように」
僕は、君との未来が欲しい。
耳元で囁くように希うと、望美は花咲くような笑みと共に頷いた。
- END -
||| あとがき |||
書き始めと書き終わりで思っていた話と異なってくるのはいつもの事なんですが、最初は大人の神子様向けのお話を書こうかな――と思っていたんですよね。どこで間違えて、エロ要素が漂白されちゃったんだろう…。自分でもとっても不思議です。

