嘘吐きな二人

2009.11.18
恋愛関係にある二人(晩夏~初秋頃?)

- 弁慶×望美


 薬草の匂いがする弁慶の部屋で、彼と望美は向かい合って座っていた。
「君の言うことなど信じません」
 無表情に告げる弁慶に、望美は身を小さく縮こまらせる。今すぐ逃げ出したい、という思いを必死に堪えて、望美はぎゅっと指を握り締めた。
 逃げたら後で酷い目に遭わせますよ、と弁慶の宣告が既に下っている。
 その台詞を言い放った時の彼はあまりにも爽やかな笑顔を浮かべていたので、酷い目ってどんな目? みたいに言葉の意味を考え込んでしまった。望美の表情から考えている事を察したらしい、腹黒だの極悪だの、罵りの枕詞を多数有する軍師様は『お仕置きですよ』と分かりやすく言い直し、その時点で望美の逃亡は封じられたのである。
「で、でも本当に大丈――」
「望美さん」
 必死の抗弁は、弁慶が彼女の名を呼ぶ声で遮られる。
「そんなに青白い顔をしていて僕に信じろと? 随分と見くびられたものですね」
 明るすぎる室内へ思わず呪いの言葉を吐きそうになるが、向かいから寄せられる視線の強さに望美は諦めたように項垂れた。
 怨霊封印の際、相手の攻撃を防ぎきれなくて肩を強く打ったのは半刻ほど前の事。戦闘に参加していた仲間たちは気付く事は無かったが、後衛で待機していた弁慶にはあっさり見破られてしまった。そのまま治療と称して彼の部屋へ拉致され、今に至るのだ。
「……すみません、降参です」
 項垂れついでに三つ指突いて頭も下げてみる。
「最初からそう言えばいいのですよ」
 ようやく弁慶の琥珀色の瞳に笑みが浮かぶ。
「僕だって、好んで君を苛めたいわけじゃないのですから」
 某血縁者が聞いたら『嘘だ、それはお前の本性だ』と言い募るに違いない言葉をさらっと吐いた男は、緩やかに首を傾げながら質問を続けた。
「さて、それでは脱ぎますか? 脱がされたいですか?」
「ベ、弁慶さんッ!?」
「だって傷は肩でしょう?」
 悲鳴をあげた望美の右肩を示しながら、弁慶は不思議そうに瞬いた。
「無理やり肌蹴たら流石に申し訳ないかと思って、聞いてみただけですが」
「いやでも、物には言い様ってものが……」
「回りくどく言っても、君には通じないでしょう」
 宣告のやり取りを思わせるように含みを持って言えば、望美の頬がぱっと赤く染まる。羞恥を顕わにする望美の表情を十分味わってから、弁慶は再び問いかけを口にした。
「で、どうしますか?」
「自分で脱ぎます……」
 諦めたように応じ、望美はゆっくりと着物をずらしていく。胸元が見えないように気をつけながらの動きは自然と遅い物になるが、弁慶は気にすることなくゆったりと構えている。むしろ楽しんでいるようにすら見えて、余計望美の手元はもたつくのだ。
 ようやく柔らかな丸みを帯びた肩が顕わになると、弁慶は思わず眉を顰めた。真珠色と称えても遜色ない白い肌には、無残な打ち身の痕が残っている。
「触ると痛いですか?」
 確かめるような指の動きは、痛みというよりは痛痒感を望美に与える。だが、まさかくすぐったいと笑うわけにもいかず、望美は奥歯を噛み締めながら俯いた。でもそんな望美の心の動きは、弁慶にしっかり伝わっていたようだ。
「望美さん? 笑っていては分かりませんよ」
「わ、笑ってないですっ。大丈夫、痛くないです!」
「そうですか? まぁ僕は、君の言う事は信じないことにしているので、別にどちらでも構いません。――とりあえず、骨に異常はないようですね」
 診断を終えたのか、弁慶は淡々と告げる。
「折れてはいませんが、あまり腕は動かさない事。今日は湯殿も我慢して、布で汗を拭うくらいにして下さい。薬は肩に塗る軟膏と、あとは夜に熱が出るでしょうから解熱鎮痛効果がある薬湯を用意しましょうか」
「薬湯……」
 口にするだけで、あの苦い味わいが甦る。
 生まれ育った世界ではどんなに苦い薬でも、一口で飲み切れる量だった。それは薬効成分だけを取り出して精製するから、薬が少量ですむわけなのだが、この時代ではそうもいかない。草や木の根に含まれる僅かな薬効を人体に必要な量だけ摂取するには、それこそ茶碗一杯なみなみと注がれた量を飲み干すくらいの勢いでなければならないのだ。
「美味しいですよ?」
「弁慶さん、そんなさらっと大嘘言わないで下さい」
「僕の望美さんへの愛が篭っているから、美味しいはずです」
「……愛って便利なものなんですね」
 視線を遥か彼方へ向けながら、望美は溜息を零した。
「薬を用意してきます。少し待っていてくださいね」
 立ち上がって隣室へ向かおうとする弁慶へ、望美はふと思いついたように問いかける。
「一人にしていいんですか? 逃げちゃうかもしれませんよ」
「君のことを、信用してますから」
 迷いの無い口調で断じて見せる弁慶を、望美は不可思議なものを見るような目つきで眺めた。
「どうかしましたか?」
 望美の視線に気付き、立ち去りかけた弁慶は再び彼女の前へ戻る。優雅な仕草で膝をつき小首を傾げる彼へ、望美は彼の言葉の矛盾を指摘する。
「私の言う事は信じないって言ったのに、どうして信用してるとか言うの?」
「ああ、それはですね」
 楽しげに笑い、弁慶は望美の頬へ手を添える。
「君の言う『大丈夫』という言葉だけは、信じない事にしたのですよ。頑張りすぎる君の大丈夫と言う言葉は、僕には痩せ我慢にしか聞こえません」
 ゆっくりと顔を寄せ、手を添えたのとは逆側の頬、そして薄赤く染まりつつある眦へと口付ける。
「もっと頼って欲しいんです」
 最後に赤黒く変色した右肩へ唇を寄せ、弁慶は祈るように呟いた。
「その言葉以外は丸ごと全て、君を信じています」
「……嘘吐きですね」
 望美は痛みの無い左腕を弁慶の背へ回す。
「自分以外、誰も信じていない癖に」
「僕を嘘吐き呼ばわりするのは望美さんくらいですよ。だからこそ、君と共に在るのが心地よいのですが」
 囁くような互いの言葉は、緩やかに笑みの気配へ融けていく。

 ――そして二人は、それぞれが抱えるたった一つの真実を、唇を合わせることで確認した。

- END -

 

||| あとがき |||

黒い弁慶です。略さなくても黒弁。
「脱ぎますか? 脱がされたいですか?」の部分、絶対『脱がされたい』を選択したら、全部剥きますよね…?(真顔)


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