君の選ぶ白

2009.10.25
迷宮 プロローグ

- 弁慶×望美


 朔と望美が大量の服を抱えて戻って来たのはつい先刻のこと。
 いつまでも着物や鎧やらで過ごすわけにもいかず、八葉たちの洋服を買い出しに行って来たのだ。ちなみに朔は、出かけるときは望美の服を借りて行き、出先で購入したものへ着替えて戻ってきている。
「私の服をずっと着てくれてもいいのになぁ」
 などと望美はぼやいたものだが、比較的はっきりした色が多く、露出も多めな望美の服は、尼僧である朔にとって『少し私には派手だわ』ということになるらしい。
 有川家の入口から見つけた順に捕まえて服を渡し、残るは弁慶と景時のみ。
「――あら、弁慶殿だけですか? 兄上は何処に行ったのかしら」
 客間を見渡した朔は、窓際で本を読んでいた弁慶へと問いかける。書斎から借りてきたらしい本を眺めていた弁慶は、本を閉じて顔を上げ、歩み寄ってくる二人の少女へ笑いかけた。
「景時なら、温室の方へ行ったようですよ。器具の仕組みが気になるから見てくる、と言っていました」
「兄上ったら……。物を壊したりしなければ良いのですけど」
 頬に手をあてて朔はため息をつく。
 様々な発明をして八葉の役に十分立っているはずの景時なのだが、なぜか身内である朔の評価は恐ろしいほどに低い。景時に言わせれば『あれは朔が照れているからだよ~』との兄馬鹿台詞が返ってくるのだが、どこまでが真実かは謎である。とりあえず弁慶やヒノエは、景時の妄想だろうと思っている。
「流石の景時でも、同じ白虎の縁である譲くんに迷惑をかけるような事はしないと思いますよ。――それよりお二人とも、買い物お疲れ様でした」
「いいえ、楽しかったですよ。ねっ、朔」
「ええ。リズ先生のように丈高い方の服があるかが心配だったけど、無事に見つかってほっとしたわ」
「本当だね。あ、それで弁慶さんの洋服も買ってきましたので、着てみてくださいね。サイ――じゃないや、大きさが合わなければ交換して貰いに行きますから」
「はい、ありがとうございます。望美さんと朔殿が見立ててくださったのでしょう? お二人から見て、僕がどのように見えているのかが気になりますね」
 どんな服を用意して下さったかで、それが分かりそうですね――と笑う弁慶へ、朔は悪戯っぽい表情で応じる。
「弁慶殿の服は、全部望美が選んだんですよ」
「朔――ッ!」
 途端に悲鳴に似た声を上げる望美を見て、朔はころころと口元に手をあてて笑う。年下の妹を慈しむような表情に、弁慶もつられて笑みが浮かぶ。
 弁慶は普段から女性に対しては緩く笑みを浮かべて相対していることが多いのだが、珍しく今の笑みは、そういった社交辞令的な色合いは含んでいなかった。
「望美さんの見立てですか」
「そうなの」
 大きく頷いた朔は、その時の事を思い出したのか、望美の言葉を口真似して教える。
「絶対にこの服がいいの、と言って譲らなかったんですよ」
「うわーん、内緒にしてって言ったのにー!」
 なんで言っちゃうの~! と顔を真っ赤にして朔の袖に望美はしがみつく。その髪を数度撫でてあげてから、朔はすっと立ち上がった。
「じゃあ望美、弁慶殿に洋服の説明をしてさしあげてね。私は兄上に服を届けてくるわ」
「えっ、朔、もう行っちゃうの?」
「あの『すーつ』とやらは、私ではよく分からないですもの。兄上の事も心配だし……。では、弁慶殿。失礼しますね」
「はい、ありがとうございました」
 言外に『気を使ってくれて』という雰囲気を滲ませながら礼を言った弁慶は、服が入ってると思しき袋を抱えて立ち尽くす望美へ視線を移した。
「望美さん。服を見せていただいてもいいですか?」
「あっ、はい。これです」
 差し出した紙袋はかなり大きい。ちなみに下着類や靴などは譲とリズヴァーンが別途買い出しに行っているので、この中にあるのはシャツや上着などの衣類のみである。
「これが朔殿の言っていた『すーつ』ですか?」
 黒い上着と対になるズボンを手に取り、しげしげと弁慶は眺める。
「はい。この世界では、大人の男性はこういった服を着ていることが多いですね。こっちのシャツを中に着てください。それからこのリボンは、シャツの首元に結ぶ、ええと…飾り……のようなものですね」
 望美は一つ一つ指差して説明する。
「そして、これが外出用のコート、じゃなくて外套です」
「白、ですか」
 紙袋の一番下から出てきた真っ白な外套を見て、弁慶は確かめるように呟いた。大きなフードのついたコートは、京にいた頃に身に纏っていた外套を思い起こさせる。だが、色は頑ななまでの真逆。
 手を伸ばして触れてみると、柔らかな手触りとほのかなぬくもりが伝わってきた。
「弁慶さん?」
 戸惑うような手つきを不思議に思ったのだろう。望美は小さく弁慶の名を呼んだ。
「いえ、これでも僧兵の端くれでしたから、服といえば墨染でしたからね。なんだか自分のものじゃないような気がしますよ。この『すーつ』でしたか? この色は馴染み深いですけれども」
「弁慶さん、白は嫌いですか?」
「特に嫌いではないですが、薬草とかを扱うと汚れますからね。あとは先ほども言った通り普段身に纏うことのない色なので、確かに戸惑っているのは事実です。でも、望美さん。君の選んだものならば、喜んで着させていただきますよ」
 全て本心から言った言葉だったが、生憎と望美の心にはきちんと届かなかったらしい。
 沈んだ表情を浮かべた望美は、視線を手元に落としたまま言葉を紡いだ。
「でも、無理して着てもらうのは嫌だし……やっぱり別のものに変えてもらってきます。この形は白しかなかったんで別のものになりますけど、何か黒系の――」
 コートを弁慶の手元から引き寄せようとする望美の手を押さえ、弁慶は首を左右に振った。
「駄目ですよ。ねぇ望美さん。先ほど朔殿が言ってたのは、きっとこの外套のことですよね」
 黒いスーツ自体は何も変哲がないもので、望美が『これでなければ』と言い張るような要因は薄い。他の人が何かしら首を傾げるような選択は、この白い服しか存在しないのだ。
 確信を抱いて問いかければ、望美は首肯して答える。
「はい」
「きっと何か理由があって、この服を選んでくれたのでしょう。どうかその理由を教えてくれませんか」
「それはですね、弁慶さんには白が似合うと京にいる頃からずっと思っていたんですよ。髪の毛も淡い色だから映えるんじゃないかなぁって」
「それだけですか?」
「そっ……それだけですよ。本当ですよ」
 僅かに視線を逸らし、言い淀んだ望美は、弁慶の促すような――といえば聞こえがいいが、言わなかったら後が怖いですよ的な笑顔に負けて口を開く。
「笑わないで聞いてくれます?」
「はい」
「本当に??」
「はい」
「絶対ですよ?」
 往生際悪く確認する声に、弁慶は苦笑を浮かべた。
「望美さん。僕の言葉はそんなに誠意に欠けますか? どうか信じてください」
 精一杯の誠意をこめて囁きかければ、望美はぎゅっと両手を握りしめた。
「あの、ですね。実は私――似てる服を持っているんです」
「え?」
 予想外の言葉に、弁慶は僅かに目を瞠る。
「細かい部分は結構違うんですけど、白くて、こういうフードとファー…――あ。後ろについているコレと、縁飾りの毛皮のことです。それのついたコートがあるんです。お店で見た時に、あ、そっくりだなぁって思ったら、どうしても欲しくなってしまって……。本当は黒とかグレーとか、そういう色の方が、男の人は好きだとは思ったんですけど」
 最後の方はやや早口に言いきった望美は、ちら、と視線をあげて上目づかいに弁慶を見た。
「弁慶さんとお揃いの服を着てみたかったんです」
 囁きよりも更に小さく、まるで消え入るような声だったけれども、弁慶の耳にはしっかりと届いた。
「……あの、嫌だったですか?」
 久々に絶句する気分というものを味わっていた弁慶は、頼りなさげな少女の表情に、慌てて否定の言葉を口にする。
「いいえ。そんな可愛らしい理由があるだなんて予想もしなかったので、少し驚いてしまいまして」
 膝の上でぎゅっと硬く拳を作る望美の手を取り、弁慶は指を絡めるようにして握り締めた。もう片方の手は、望美の手の甲側から柔らかく包み込む。
「きっと白い外套を着た君は、とても可愛らしいでしょうね」
「そ、そんなことないです!」
「ふふっ、そうでしょうか。まぁ君は何を着ても似合いますけどね」
 さらりと甘い言葉を吐いておいてから、弁慶は額を寄せるようにして望美の瞳を覗き込んだ。
「では望美さん。今度、その外套を着て二人で出かけませんか? 鎌倉の町を案内してくれると嬉しいな」
 どうです? と問いかければ、輝く翡翠がぱっと喜びの色に染まる。
「はい、行きましょう! 弁慶さんに見せたい場所、沢山あるんですよ」
「それは楽しみです」
 生まれ育った町の事を楽しげに語る望美に相槌をうちながら、弁慶は胸中でそっと呟く。
(黒は罪の色。贖罪の証)
 鬼の色よと指をさされた琥珀の髪を隠し、応龍を奪った罪を心に隠して生きてきた。
 身を心を閉ざす最後の砦だった漆黒の牢獄に、眩しい光をまとって乗り込んできたのは白龍の神子。陰りを奪い、日のあたる場所へと手をひっぱっていく、その輝き。
(だけど、望美さん。汚れきった僕に純白など似合うはずが無いのです)

 分かってはいても、この色を君が選んでくれたから。
 似合いますよと微笑む君の笑顔を守りたいから。

 今だけは――全てを隠し、穢れなき色を纏う。

- END -

 

||| あとがき |||

迷宮のオマケシナリオに、望美たちが服を買いに行った、というのがあったので、じゃあ弁慶のコートは望美が選んだってことで! と妄想してみました。


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