小さなしあわせ

2009.10.20
恋愛ED後の薬師夫妻

- 弁慶×望美


 薬師夫妻の朝は早い。
 既に弁慶は小さな庭へと出ている。朝日が昇りきる前に摘んでしまいたい薬草を集めているのだ。夫が外へと出る極々小さな音で目覚めた妻は、手早く着替えた後、夜具を片付けたり、朝餉の準備で竈の火を熾したり……と、めまぐるしく動く。一通りの作業を終えたところで、改めて身支度を始めた。
 鍋で煮える汁物の具合を気にしながら、櫛で髪を梳き、組み紐を使って一つにくくる。
 戦場に立っていたときは無造作に流していた髪の毛も、治療の現場では邪魔になる事も多い。弁慶に倣った訳ではないが、望美も首の後ろで髪を纏める癖がついた。
 最初はもたついていた行為も大分慣れてきたようで、きゅっと紐を蝶に結んでも解れ落ちる髪は殆ど無い。
「うん、これでよし」
 満足げに頷いたその背に、ふわりと人影が寄り添った。
「おはようございます、望美さん」
 肩越しに抱きしめてきた相手へ、望美は鏡越しに笑顔を向ける。
「おはようございます。もう薬草は摘みおわったんですか?」
「ええ、今日使う分は十分集まりましたよ。――もうすっかり、一人で髪が結えるようになりましたね」
 抱きしめた腕を片方ずらし、望美の髪を梳るように触りながら弁慶は溜息をつく。
 褒めているはずの言葉なのに、どこか残念がるような響きをはらんでいる事に、望美は緩く首をかしげた。
「ああ、別に悪いことではないんですよ」
 望美の訝しがる様子に気付き、弁慶は小さく笑う。
「ただ以前は、君の髪を僕が結ってあげていたじゃないですか。いつの間にか上手に結えるようになって、僕の手を必要としてくれなくなって……と思ったら、少し寂しかったんです」
「弁慶さんったら」
 くすくすと笑い、望美は自分を抱きしめる腕へ手を重ねる。
「忙しい弁慶さんの手を煩わせちゃいけないって一生懸命練習したのに、そんなことを言われちゃうと困ります」
「ええ、分かっています。ちょっと思っただけですから気にしないで下さい」
 気にするなと言いつつも、声の調子はまだ少し拗ねたような色を含んでいるのだから性質が悪い。
「気にしますよ。弁慶さんのことだから、なんだって気にします」
 きっぱりと言い切れば、鏡越しに見える弁慶の瞳が温かな笑みに緩む。甘えるように頬を寄せてくる動きに、くすぐったさを覚えて望美は軽い笑声を漏らす。
 彼の『源氏の軍師』でいたときにはみせたことの無い姿に、望美は幸せな気持ちを噛み締める。
「ね、弁慶さん――」
「なんですか?」
「今日、一緒に市へ買い物に行きませんか?」
「一緒にですか? 構いませんが……」
 突然の外出の誘いに、弁慶は一瞬驚く様子を見せたものの、穏やかな声で諾意を返す。
「市で、お揃いの髪紐を買いましょう。そして明日の朝、それで私の髪を結ってください。お礼に、弁慶さんの髪は私が結ってあげます」
 どうですか? と満面の笑みで問いかける彼女を、弁慶はぽかんとした――九郎やヒノエあたりが見たら『誰だコレは』と言わんばかりの表情で見つめた後、破顔して愛する女性を抱きしめた。
「本当に……君は僕を喜ばせるのが上手ですね」
「ふふっ、そりゃあ愛してますから」
 自慢げに告げる薔薇色の唇へ口づけた弁慶は、吐息混ざりに「僕もですよ」と囁いた。

- END -

 

||| あとがき |||

そこはかとなく黒い弁慶さんが最後に降臨した気がします。
エンドレスで「玲瓏なる覚悟よ」を聞きながら書いたんですが、曲を全く無視したつくりになりましたね!(笑)
続きのお出かけ編も今度書いてみたいと思います。本当は入れようかと思ったんですが、どうも京の地理が分からなくて(…)調べてから書こうかな~とか思っています。

ちなみに景時が呼んでいたのは、多分なにか料理に使える発明品を作ったから(ぷりんの型のように)だと思っています。


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