夏の鼓動

2009.10.09
夏の熊野 : 「夏の熱」→「夏の時計」の続き(完結)

- 弁慶×望美


 望美は朔に沢山のことを話す。

 稽古の悩み、行軍時にあったこと、町中で見た諸々のこと。そういった日常話から始まって、九郎との口喧嘩の顛末やヒノエの口にする甘い言葉の数々まで、とにかく話せることは何でも話した。
 それはまるで、口に出せることを包み隠さず告げることで、彼女に言えない秘密などないと思い込むように。
 今日もまた望美は夕食後のひと時、朔と涼みながら他愛のない会話を続けていた。
「そう、弁慶殿との外出は楽しかったようね」
 彼女特有の、柔らかくて穏やかな微笑みが望美に注がれる。
「うん。薬草の勉強もいっぱい出来たしね。完全に覚えられたわけじゃないけど……それでも、ちょっとはこれで、みんなの役に立てるようになるといいなって」
「あらあら、望美ったら。それではまるで、今は役立ってないと言っているみたいだわ。あなたは誰よりも頑張っているというのに」
「そんなことないよ」
 望美は首を左右に振る。
「まだまだ……頑張らないと」
 呟く少女の瞳には隠しきれない深い闇があって、それは酷く悲しい色を湛えてはいたが、同時に触れられることを拒否する激しさも共に含んでいた。
 朔は緩く目を伏せたあと、努めて明るい口調で望美へ笑いかけた。
「折角勉強になったというのだったら、薬草を薬にするところまで手伝ってみたらどうかしら?」
「え?」
「熊野にいる間はそうでもないでしょうけど、また京に戻れば、軍師の仕事などでお忙しくなるのは確実だわ。誰かが一緒に作業を分担したら少しは楽になるのではないかと思うのだけれど」
 どうかしら、と小首を傾げる様子に、望美は少し迷った末に同意の頷きを返した。


 そうして朔に見送られて室を出たものの、望美はなかなか足が前に進まなかった。
(どうしよう)
 右手を見つめ、その指先で己の唇に触れる。
 目を塞がれていて、実際には見ていない。見せてもらえていない。でも、ぬくもりが重なる直前に届いた吐息は、本当に仄かなものではあったけど、それが彼の唇である事を望美に確信させた。
(どんな顔をして会えばいいんだろう?)
 口づけは、嬉しかった。
 手を繋いで歩いた時間は、今思い出してもドキドキするくらい幸せな時間だった。
 時空を越え新たな運命を紡ぐ中で、じわじわと望美の心を占めていったのは弁慶の存在だった。
 正直に言えば、どの時空でみた弁慶も『ひどい男』だと思う。甘く優しい声で囁きながら、その心はどこか別のものに縛られている。右手で抱き寄せながら、左手でその間に透明な壁を築く。
 なんてろくでもない男。
 分かっていても、弁慶の抱える闇は望美を呼び寄せる。炎に包まれた京、全てを失ったあの夜に抱えた深い絶望が、彼の持つ底の見えない淵を捉えてやまないのだ。
 同類哀れむわけではない。残念ながら、そこまで望美はナルシズムに酔えたりしない。己の悔悟があるからこそ、自分を、そして彼をを戒める『何か』を断ち切りたい。
 数歩進んでは立ち止まり、また進んでは溜息をつき。
 そんな風にしつつも、引き返すという選択肢だけはどうしても脳裏には浮かばなかった。そして気がつけば弁慶が使用している室まであと少しという場所まで来てしまった。この角を曲がれば、すぐそこが目的地。
 引き返すなら、もう今しかないが――。
(そうだ、私は)
 遠く聞こえるのは、幻の鈴の音。
(立ち止まるなんて出来ない)
 顎をあげて前を見据えると、望美は先ほどまでの歩みが嘘のように軽やかな足取りで歩きだした。一度決めると、研ぎ澄まされた剣のように潔いのが当代の白龍の神子だ。
 そして、御簾越しに声をかけようとしたところで――弁慶が、彼女の名を呼んだ。

「望美さん? どうかしたんですか?」
「え?」
 瞬いた刹那、漏れそうになった嗚咽を必死で堪える。
「なんで分かったんですか?」
 弁慶の声は、何よりも深く望美の心を満たす。
 だけどこの慕情は、まだ気付かない振りでいなければいけない。
 恋によって、道を間違えるわけにはいかないのだ。
『やめて――!』
 のばした手は誰にも届かなかった。
『あなただけなら助かる方法がある』
 灼熱の炎にこだまする声は、消えない傷。

 それでも――いつか、時空を越えた戦いの果てに、夢見る未来を見つけたなら。

 望美は両手を胸の前で握り締め、未だ見えぬ運命へ願った。
(私は……彼を手に入れたい)
 軍師として、薬師として、周りの命を救おうとするあなた。
 自分の傷には見向きもしないあなたの傷を、いつか癒せるだろうか?
 心を隔てる谷を埋め、淡い色の瞳に燻る闇を蹴散らし、どんな小さな傷痕も残さず、私の存在で彼の全てを埋め尽くしたいのだ。

- END -

 

||| あとがき |||

この話を書き終えるまでよく分かってなかったのですが(ぇ)、どうやら通常恋愛EDのルートに近い感じで話が進んだような気がします。ちょっと神子さまが過激ですが。

私は弁慶の通常EDを一番最初にクリアしたので、あまり「繰り返した」という印象はないのですが、その分、最初の炎に沈む京の風景を色濃く覚えていて、弁慶EDにたどり着いたとき、ああ良かった、誰も失わずに良かった…と、しみじみ思ったものです。

何度となく「ろくでもない男」と書き続けている弁慶ですが、そうやって望美パワーで心も身体も満たされて、幸せになっちまえばいいんだと思います。


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