夏の熱
2009.10.04
夏の熊野路
- 弁慶×望美
「暑くないんですか?」
そう言って顔を覗き込んできた少女へ、僕は緩く首を左右に振ってみせた。
彼女の健康的な色に焼けた肌には、うっすらと汗が浮いている。珠のような雫が喉元を滑るのを見てしまい、僕はそっと目を逸らした。
夏の熊野は、京より涼しいとはいえ夏は夏。容赦なく照りつける太陽が、じわじわと肌を灼いていく。
だから多分、彼女が気にしているのは、自分が纏う外套のことだろう。
漆黒の布は確かに見た目に暑苦しいが、他人が思う以上に快適なのだ。それに頭からすっぽり被っているので、日差しを遮る効果もある。目があまりいいとは言えない自分には、陽光を遮ってくれる布は、ありがたい存在でもあるのだ。
それを簡単に告げると、彼女は感心したような声をあげた。
「へーっ、そういうものですか。でも確かに、日傘は黒いのが多かったかなぁ」
「ひが…さ?」
聞き慣れぬ言葉を問い返せば、慌てたように説明が返って来る。
「日傘はですね、私のいた世界で、暑い日とかに陽射しを避けるために使う傘なんです」
「雨を凌ぐのではなく、陽射しを遮るのにも傘を使うのですか」
「暑さしのぎもあるけど、大体は日焼けをしないようにですねー。私も使っていましたよ」
楽しげに笑う少女へ、僕は質問を向ける。
「そういうものがあったら、嬉しいと思いますか?」
「え? そりゃあこれ以上日焼けはしたくないですから嬉しいですけど――でも、今は要らないです」
「どうしてですか?」
即答してみせた少女は、僕の更なる疑問に笑顔で答えた。
「だって、こうやって山道を歩いていたら邪魔になるし、それに怨霊とかが出た時にもすぐに応戦できないじゃないですか。視界も悪くなるし、傘を畳んでどっかにやって――ってのも面倒ですよね~」
「なるほど。確かにそうかもしれませんね」
僕は頷き、それでは――と言葉を継ぐ。
「僕のように布を被くのを、試してみますか?」
言うと同時に、己が纏う外套の一部を、ふわりと彼女の頭上に回す。そのまま肩を抱き寄せ、腕の中へと囲い込んだ。
「どうですか?」
彼女の姿を覆い隠すように黒い布で包み込み、声を潜めて問う。
「……あつい、ですよ」
紡がれた声は言葉以上に熱を孕んで響き、それでも彼女は僕の拘束から逃れようとはせず、何かを伝えるかのように僕の衿を掴んだ。
(全てこの陽射しが悪い)
目眩に似た気持ちを抱え、僕は少女の目を塞ぐ。そして薄く開いた口唇へと、己のそれを重ね合わせた。
- END -
||| あとがき |||
オマケで望美視点があります。

