甘く蕩けるまで。
2009.10.02
「いとしいと思う心」のオマケ
- 弁慶×望美
「ねえ、弁慶さん」
「なんでしょう」
休憩に入り、ようやく足を崩すことを許された望美は、しびれて感触の薄い足を撫でながら口を開く。もう片方の手には、弁慶謹製の薬草茶の椀がある。
この時代、望美が知るような普通のお茶は超がつくほどの高級品だ。そもそも、一般的に茶を飲むという習慣がないのである。雑学王チックなところがある譲に言わせると、茶文化が広まったのは鎌倉以降だというから、もう少し先の出来事だろう。
そんなわけで、彼らが今、口にしているのは、いわゆる薬湯に近い。味が『健康第一』という感じになるのは仕方ないことではあるのだが――。
「二人で苦いお茶を飲んでいたら、やっぱり……その、苦いと思うんですよね」
「苦いとは、なにがですか?」
望美の言いたい事を分かっていて、敢えて質問で返す弁慶である。ちなみに口を開く前に『口直し』を求めて唇を重ね、舌先を滑り込ませる事は忘れない。
キスはレモンの味なんていった奴は誰だ。
少なくとも、今与えられるキスは、青い野草の香り。慣れた弁慶は平気なのかもしれないが、お子様味覚を自覚する望美には、ちょっと、いやかなりきつい。
愛情という名の我慢にも、限度と言うものがあるのだ。その上、望美の沸点はかなり低い。
「……っ」
この虐めっ子軍師様め! いつかグーで殴る! と内心でひとしきり罵ってから、望美は椀を床に置いた。
彼が何を言わせたがってるのかは分かっている。
恋人同士という関係になって、あんなことやそんなこともしてはいるけれど、色っぽい言葉を口にするのは面映ゆいというか恥ずかしいのだ。照れて笑う顔を見たいから……と、この恋人は事あるごとに望美へ言葉をねだる。
仮にも好きな相手の希望だから叶えてやりたいという女心もあるが、そう毎度毎度甘やかしていては、望美の羞恥心が限界に達してしまう。
だからたまにはやり返さないと――そんな無駄に男らしい決意をした神子様は、両手を伸ばして弁慶の頬をがっちり掴んだ。ぐいっと引き寄せ、その勢いのままに口づける。
触れるのはきっかり二秒。唇を重ね合わせるだけの、淡い触れ合い。
悪い男が我にかえってやり返してくる前に、急いで身体を離す。
「この方が、苦くないですよね!」
高らかに宣言する彼女の、よく熟れた林檎程に赤い頬を見つめて、弁慶は笑みが自然と込み上げてくるのを感じた。
(ああ本当に、なんて飽きない女性なんだろう)
ずるい大人でダメな男の弁慶は、一身に彼女の愛情を受けていることが分かっていても、時々言葉にして、彼女自身の口からそれを言わせてみたくなるのだ。
好きだとか、愛しているとか、そういった直接的なものから、愛がなければ出来ない行為に関する単語など。それは場合によって様々だが、音となって耳に届く響きを聞いても嬉しいし、恥ずかしがって口にしてくれない彼女を見るだけでも、結構幸せだったりするのである。
それに何よりも、こうやって彼女が、想像もしない方法で想いをぶつけてくる時、弁慶は至上の幸福を味わうのだ。
(だけど、やられたままで引き下がるのは、彼女にとっても失礼ですよね?)
売られた喧嘩は、きっちりお買い上げするのが弁慶の流儀だ。たとえそれは、愛しい少女とて変わる事は無く。
艶やかに微笑みながら、望美との距離を自然な動きで詰め、彼女の細い顎に指をかけた。
「確かにそれなら苦味は伝わらないですが、口直しの味わいにはなりませんよ」
反論を封じるように、深く唇を重ね合わせる。
今までより強く舌を絡めあわせ、たっぷりと彼女の口腔を味わってから、弁慶は吐息の重なり合う距離で囁く。
「だから、苦さが消えるまでずっと口づけていたいのですけど……協力して下さいますか?」
低く掠れた声は、蜜のようにとろりと溶けて消える。
だが、それよりも甘く柔らかな少女の唇が、彼の望む答えを返してくれることを――弁慶は信じて疑わない。
- END -
||| あとがき |||
ちょっとだけ糖度UPしてる…といいなぁ、と思いつつ。

