いとしいと思う心

2009.10.02
二人は既に恋人同士…と言う設定です

- 弁慶×望美


 そーっと、気配を殺して近づき、勢いよく背中から抱きしめた。
 甘いはずの包容は、二人の足元で何かが割れる音で崩壊した。


「……反省してます、ごめんなさい」
 すりこぎをごりごりと動かしながら、望美はぽつりと呟いた。
「ええ、そうでしょうとも」
 彼女に背を向け、卓上で薬草の分別をする弁慶は振り向かないまま、鷹揚に頷く。
「悪かったことに対して謝罪がきちんとできるのは、あなたの美徳だと思いますよ」
「そ、そうですか? ホント、心から反省してますから、ご褒美で足崩していいですか?」
「もちろん駄目です」
 あっさり、柔らかな口調で即答する弁慶は、まるで睦言でも囁いているかのようなの声音で、望美への説教をくどくどと言い続ける。
「あなたが時々、思いもつかないようなとんでもない事をしでかすのはいつものことですし、そんな部分も含めて、なんて可愛いひとだろうと思ってしまうのですけれど、それとこれとは話が別です」
 可愛いと思うなら見逃してよぅ、という望美の訴えは、さらりと無視される。
「そもそもは、望美さん。あなたを始めとして、皆の怪我が多いのが問題なのですよ。明日からの行軍に備えてと作った薬が駄目になってしまえば、困るのはあなたたちの方です」
「弁慶さんの薬は苦いから、無くても別に――」
「なにか、言いましたか?」
「…………ナンデモアリマセン」
 望美はしびれを通り越して感覚の無くなりつつある足に涙しながら、すりつぶした薬草を指定された壺に移し替えた。


 悪戯心と、あとは微量の愛情でもって、弁慶の後姿に抱きついたのはつい半刻ほど前の事。
 不意打ちは成功したものの、弁慶が運んでいた陶器製の薬壺が数個、回廊に投げ出されてしまったのだ。勿論、器は大破。塗布用の薬ならばともかく、床に落ちた内服薬など、使えるはずもなく。
 笑顔でお怒りモードに突入した軍師様によって、望美は薬の作り直しを手伝わされているのだった。
 この手の作業は何度となく手伝ったことがあるが、自主的にやるのと、罰でやらされるのでは気分が違う。
(でも……)
 ちらりと顔をあげ、望美は眼前の男を見る。
 普段外套に覆われている背中は、思ったよりもずっと広い。抱きしめられると、その腕の中にすっぽりと隠れてしまうことも知っている。
(一緒にいられるのは嬉しい)
 同じ空間にいるというだけで心浮き立つのは乙女っぽい感じがして、望美はドキドキする。
 つい理性の箍(彼女にあるのかどうかは別として)が外れて飛びついてしまったのも、行軍に関する打合せやなんかで、弁慶と一緒に過ごす時間がほとんど無かったからだ。
 普段なら、最低でも朝餉・夕餉の二回は顔を合わせていたのに、それすらも出来ない日々が続いていた。
(ナチュラルに無理をする人だからなぁ)
 ちゃんとご飯食べてるだろうか。
 きちんと夜寝ているだろうか。
 そんな他愛もない心配や不安が、じわじわと胸中にたゆたっていたので、いつもと変わらない弁慶の様子に安堵の息が出るのは仕方ないと思う。
 こうやって、後姿でも間近で見ることが出来て、自分だけに向けられた弁慶の声を(意地悪成分満載の内容でも)聞けることが、ちょっぴり嬉しかったりするのだ。
(ああ、末期症状だなぁ)
 マゾっ気はないはずなんだけど、とか、そんな埒もないことを考えていたら、いつの間にか弁慶が彼女の目の前に膝をついていた。
「望美さん? どうかしましたか?」
「ひゃっ、ひゃい! どうもしないです、はい、なんでもないです」
 妙に上ずった声で返事を寄越した神子を、弁慶は「おや?」というように一瞬目を瞠った後、すぐに普段通りの物柔らかな笑みを浮かべた。挙動不審な神子様はいつもの事なので、気にしても仕方ないと割り切ったのだろう。
「もうすぐその薬草も終わりそうですね。それが終わったら、休憩にしましょう」
「はい!」
 苦行にとりあえずの終点が見えたことで、だるだるな調子ですりこぎを操っていた望美の顔にぱっと光が戻る。
「いい子ですね」
 ふふっと笑い、手を伸ばした。望美が頷いた拍子に落ちてきた髪を掬いあげ、そっと耳元へかける。
「中に髪が入らないように気をつけてくださいね」
 手を戻しながら、何気ない仕草で頬を撫でる。
 些細な触れ合いは、他の男への牽制の色合いが強い。だが二人きりの時でも同じ所作を繰り返すのは、それが望美にとって『普通のこと』と思いこませるための策略でもある。
 根気良い教育の成果もあって、最初のうちは大袈裟なほどに怯えて飛び退っていた彼女も、今ではすっかりと弁慶の手を受け入れている。時には自分から頬をすりよせるという、可愛らしい行動を見せてくれる時すらある程だ。
 ふっくらと、健康的な薔薇色をした頬のぬくもりを味わってから、弁慶は立ち上がった。
「では、お茶の用意をしてきますから、もう少しだけ頑張ってください」
「苦いお茶にしないで下さいね」
 肌を掠めて行った感触に照れながら、望美は弁慶を見上げて、ねだる口調で告げた。
 先ほどまでの、先生と不出来な生徒という空気は消え、どこか甘い色彩が滲んでいる。ほんの一瞬の触れ合いだけで雰囲気を変えてみせる弁慶は、やはり手慣れた大人の男だった。
「良薬口に苦しというでしょう? 健康にいいお茶なのですから我慢して下さい。それに――」
 見上げていたはずの弁慶の顔が不意打ちのように間近に迫ってきて、望美は反射的に目を閉じた。
 小さく可愛らしい音を立てて触れた唇が、悪戯っぽく囁きかける。
「口直しがあれば、苦いお茶だって甘く感じるはずですよ」


 それは、誰かをいとおしく思う気持ちが生む、二人だけの甘露。


- END -

 

||| あとがき |||

ヒノエがキラキラしい王子様タイプとすれば、弁慶は良くも悪くもずるい大人の男。
喩えるなら、愛を囁いて囲い込んでいくのがヒノエで、愛を囁いて逃げ道をなくすのが弁慶という感じ。
…あれ。
言葉にすると、どっちもすげぇえげつないな。(っていうか大差ないじゃん)
でも言動はどうあれ、弁慶は神子にベタ惚れなんだろうと思います。文中の科白ではないですが「何をしても可愛いと思ってしまう」っていう感じでね。
黒い科白を吐いちゃうのも、相手に心を許しているからと思ってあげたいところです。


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