拍手御礼再掲

拍手御礼SS Ex-001 … 2009.11.26~2009.11.29までWeb拍手CGI試験頁内で公開

- 幸せの重み

ヒノエ×望美<ED後・熊野別当夫妻>


 別当夫妻が起居する藤原の邸は広い。
 彼らが住まうだけではなく、熊野別当として公的な行事に使うこともあるからだが、その分移動にも時間がかかる。
 長い廊下を歩きながら、ヒノエは思い出したように隣を歩く望美を見下ろした。
「そういえば、また抜け出したんだってな」
 ヒノエの口調は特に咎めるようなものではなく、純粋に確認するだけの響きだったが、望美は僅かに視線を逸らした。
「……『また』じゃないもん」
「ふぅん? それじゃ、抜け出したのは本当なんだ?」
 夫の問いかけに、あっ……と望美は目を見開き、口元へ手をあてる。
「女房さんに聞いたんじゃなかったの?」
「いいや? あいつらは最近、みんなしてお前の味方だからね。聞いても何も教えてくれないんだよ」
「味方って、やだなぁそんなことないよ」
 慌てて望美は手を振るが、ヒノエの言葉はほぼ事実を指している。
 熊野へ来た当時こそ、しきたりも何も知らない少女は、その破天荒さで女房や雑色たちを戸惑わせていたが、半月も経たない内に彼女は女主として邸の奉公人たちの敬意を一身に集めるようになっていた。ちなみに熊野水軍の男衆は、最初から白龍の神子に心酔しきっているので、この中には含まれない。
 ヒノエなどは「流石オレの姫君」などと感心していたが、勿論、そこへ至るには望美の多大な努力が欠かせなかったし、それを支えたヒノエの存在も無視できない。
「でも、なんで知ってるの?」
「知りたいかい」
「勿論」
 頷く望美の素直さに笑みを誘われながら、ヒノエは焦らすことなく種あかしを告げる。
「使いに出していた副頭領が、町を歩いてるお前を見かけたそうでね。一人で歩いているようだから共をしようかと思ったが、見失ってしまった――って、そう報告してきたものでね」
「そうだったんだ」
「それで、何をしていたんだい?」
 有無を言わさぬ口調で問いかける夫に、望美は完璧な笑顔を向けた。
「まだ秘密。でも今日中には分かるよ」
「ふぅん」
「こら、そんな顔しなーい」
 ぴしっと望美はヒノエの眼前へ人差し指を伸ばす。
「ちゃんと時間が来たら教えるから。ね?」
「まぁ……望美がそういうなら……」
 しぶしぶ頷くヒノエを楽しげに見上げ、望美は懐柔するように、伸ばした手をそのまま彼の肩へかけると頬に口づけた。
「たまには私だってヒノエくんをびっくりさせたいんだ。だからもうちょっとだけ我慢して」
 お願い、とねだる声に、ヒノエは降参を示すように両手を肩のあたりへ掲げた。
「お前のおねだりには勝てないね。分かったよ、大人しく待つことにする」


 その後――。
 望美の「秘密」は夕餉の時に答えが明かされる事となる。
 ずらりと夫婦の食卓に並んだ料理は、全てがヒノエの好物で、特に大皿に盛られた魚の煮付けは、この時期には手に入りにくい魚であったのでヒノエは少し驚く。
「この魚、どうしたんだい?」
「買って来たの」
「いや、それは分かるけど――、まさか」
 ぱっとヒノエの脳裏に閃いたのは、望美が言っていた『後で分かる』という言葉。
「お前、もしかして港へこれを買いに行っていたのかい?」
「うん」
 照れたように頷く彼女は、約束通りに種明かしをする。
「お邸に来た人から、この時期に珍しい魚が水揚げされたって聞いて、それで行ってみたんだ。ここのところ、ずっとヒノエくん忙しかったから、少しでも元気になって欲しいと思って」
「そんなの邸の誰かに頼めばよかったのに」
「だって皆忙しそうだったし、行くのが遅くて売れちゃったら困るもの。私が行くのが一番早かったから」
「まぁ……気持ちは分かるけどさ。でもやっぱり今は交易船もついたばかりで、港も殺気立ってるから、行くなとは言わないけど、誰か供くらいつけておくれよ」
 ヒノエは溜息をつき、それから改めて愛妻に向かい直る。
「でも嬉しいよ。料理もだけど、そうやってお前が、オレの事を考えてくれることが」
 給仕の側女たちは、料理を運ぶ時しかここには訪れない。それをいいことに、ヒノエは遠慮なく望美を抱き寄せると、満足いくまで唇を重ね合わせる。
「……離れているときでも、ずっとお前の心にはオレがいるんだって。そう思うだけで幸せになれるよ」
「そんな簡単なことで幸せにならないで」
 濡れた口元を恥ずかしげに隠しながら、望美は静かに笑い、ヒノエの胸元へその身を寄せた。
「もっともっと、一緒に幸せになるんだから」
 ヒノエは水軍の頭領で、交易船の主でもある。積み重ねる日々は、この後二人が共に過ごせない時間を数多く作るだろう。
 それでも互いを信じる絆だけは変わらないし、きっと毎日それは強さを増していく。
「ああ、そうだね」
 二人でいるからこそ感じる幸せの重みを抱きしめながら、ヒノエは運命の恋に感謝を捧げるのだった。


||| 拍手掲載時のあとがき |||

Fお礼ページのサンプルなんですが、ストックしてあったSSを載せてみました。
「いい夫婦の日」の別当夫妻話として最初考えたお話です。これを2/3ほど書いて、「なんかいきなりすぎるなぁ」と思ってお出迎えシーンを書いてみたら、そっちが長くなりすぎたので「じゃあお出迎えだけに…」と後半を切り捨てたのでした。
そういえば最初に書いた(FC2での)拍手お礼SSもヒノエ×望美だったなぁ、なんて思いだしてみたり…。
※このSSは、拍手テスト期間が終わったら別館に収納します。


||| 再録に際してのあとがき |||

memoでPHP版のweb拍手をテストしていた時に掲載した「お礼SS」でした。
再掲に際して少しだけ文章を変えています。(いい夫婦の日SSと被っている部分の改定など) そんなに大きくは変わってません。
いい夫婦の日SSは、ヒノエ版はかなりあちこちに派生しています。
「オレだけの花」→このSSの前半→「オレの手で咲く華」※大人の神子様向け→このSSの後半…という時系列ですね。

「姫君たち、当時は拍手ありがとうな!」

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