拍手御礼再掲
拍手御礼SS 007 … 2010.03.08~2010.03.31まで公開
- 花舞
ヒノエ×望美
その人は、まるで花から生まれたかのようだった。
薄紅に包まれた大木の枝上で、ヒノエは反射的に目元を擦った。
(あんな場所に、人がいたか?)
見下ろす視線の先、はらはらと舞い落ちる花びらの雨の中に一人の少女が佇んでいた。
陣羽織のような上着と、丈短かな衣。潔いまでに曝け出された足は眩しく白く光り、その健康的な色香に一瞬目を奪われる。無理やりに視点を上へ逸らしたヒノエは、続いて目に入ったものに愁眉を寄せる。
(あの姫君、随分と物騒なモン持ってるな)
片手を顎にあてがいつつ、ヒノエは気配を殺して更に観察を続けていく。
細い腰に下がるのは、唐渡り品に似た印象を抱かせる柄を持つ剣。海で鍛えられた視力を有するヒノエには、それがただの『お飾り』ではなく、使いこまれた『武器』であることがしっかり見取れていた。
長い髪を微風に揺らしている少女の顔は、ヒノエのいる位置からでは見る事が出来ない。しかし、どこか茫洋とした――強いて喩えるならば寝起きの姿に似たような空気を纏っている癖に、何故か隙と呼べるものがない。一寸でも動けば、その途端に振り返り気付かれる。そんな不可思議で理解し難いモノが、そこに居た。
(何より、彼女は『いつ』ここに現れた?)
緑豊かな熊野で生まれ育ったヒノエにとって、樹上での昼寝は慣れ親しんだ行為である。六波羅の喧騒から離れ、一人気儘に静かな時間を過ごすのが、情報収集の為に日々奔走する彼の、良い気分転換となっていた。
だが、休息に似た時間とはいっても完全に気を抜いているわけではない。熊野別当という肩書きを背負う身として、また源平の争いが其処彼処に爪痕を残す京という場所柄からしても、常に周囲には気を配っていたつもりだった。
(なのに、いつから彼女が居たのか――オレは判らなかった)
苦い敗北感と共に、胸中で呟く。
もしも彼女が刺客で、更に飛び道具を扱う者だったとしたら、気付かぬ内に殺られていてもおかしくなかった――と自嘲していたヒノエは、不意に目を細め、地上の様子を注視する。
緋色の瞳が見つめる中、立ち尽くしていた少女がゆるりと首を動かした。
蒼天を見上げるその動きに従い、紫苑の髪が細い肩から滑り落ちていく。絹糸がさらさらと解けていく様な動きは、その微かな音まで聞こえてくるかのようだ。はらはらと降り注ぐ桜花の中で、何かを確かめるように空へたおやかな手を翳している。眩しい光を避ける為か、それとも陽光の奥にある何かを探し見ようとしているのか。そのままじっと動かずに居た少女は、溜息をついたかのように肩を震わせた後、滑らかな動きで剣を抜き放った。
刃が陽光を反射し、その眩しさにヒノエが僅かに目を細めた瞬間、ひゅっと空気が鳴った。
一回、二回――振るわれた剣の軌跡に、ぱっと薄紅の色が散る。その正体に気付いた時、危うくヒノエは声が漏れそうになった。片手で口元を覆い、更に指を噛んで声を辛うじて抑えきったヒノエは、剣を鞘に収めた少女が歩き去って行くのを身動きすら出来ないまま見送った。
完全に人の気配が消え去った後、ようやく息を吐き出し、どさっと枝に背を預けた。その事で纏った着物が肌に押し付けられ、背を流れる汗の存在を知る。
嫌な感触を残す冷たい汗に眉を顰め、ヒノエは軽く舌打ちした。
「宙を舞う花弁を断つ――だって?」
自らも刃を振るって戦う以上、その難しさは身にしみて判る。
素早い身のこなしと、変幻自在の攻撃が身上のヒノエだとて、あのような技、一朝一夕に出来る自信などない。後ろ姿だけでは判然としないが、ヒノエの勘では己と大差ない年頃の女に見えた。
それが、あのような剣を振るう……?
「幻でも見たって思う方がどれだけマシか、ってね」
ようやく普段の軽口を取り戻したか、歌うような調子で呟くと、ヒノエはひらりと身軽に木の枝から飛び降りた。膝を柔らかく曲げて着地の衝撃を殺す。危なげなく立ち上がったヒノエは、改めて少し離れた場所で片膝をつき、目的のものを探す。
「これか」
風に攫われる前に摘まみ上げた花弁は、鋭利な刃物で断たれた跡が残っている。縦に裂かれたのではなく、斜めに両断された断面をじっと見詰めた後、ヒノエはふっと息を吐いて手のひらに乗せた花弁を空へ飛ばす。
「ま、あの姫君が何者であれ、熊野の敵で無ければいいさ」
たった一人の武芸で変わるものなど少ない。あるとしたら、暗殺だとか、そういった後ろ暗い響きを持つ行為だけだ。だが、ヒノエはあのような剣技を有する人物が、闇に属する剣を振るうとは思えなかった。愚直だが、正々堂々と名乗りをあげ、真正面から立ち向かってくるような潔さを持つ剣だと、若さに似合わず数多くの武者を見続けてきたヒノエには感じられたのだ。
だからそれよりも……と、ヒノエは首を巡らせる。目を向けた先には、熊野の烏が潜んでいる。周囲を素早く見回し、他者が居ない事を確認するヒノエの脳裏は、既に別の事で占められている。
(確かに彼女に興味はある。だが今、優先するべきは『白龍の神子』の方だ)
たった一人で京の命運を覆しかねない謎の乙女――今は源氏に身を寄せているという神子の情報を収集させていた部下の報告を聞く為に、ヒノエは片手をあげて合図を送るのだった。
そして、ヒノエが白龍の神子という少女を初めて視認したのは、それから数日の後の事。
紫苑の髪を揺らしながら、隣を歩く娘と笑い会う『神子』を見て、ヒノエは珍しくも部下の前で大きく表情を崩す。驚いたように視線を向ける部下から隠すように、ヒノエは片手で己の口元を覆った。
「……これが運命っていう奴なのかね?」
驚愕と、そしてそれを大きく上回る好奇心に溢れた声色。
ヒノエは久々に胸が高鳴るものを覚えながら、遠ざかる神子たちに背を向け、己の隠れ家へと足を向けるのだった。
||| 拍手掲載時のあとがき |||
ちょっと判りにくいかも、ですが、時空跳躍をして春の京に戻ってきた望美と、それを偶然目にした(無論判るはずなどない)ヒノエ…というシチュエーションです。
拍手送信、本当にありがとうございました♪ 少しでもお楽しみ頂けたのなら幸いです。
