拍手御礼再掲
拍手御礼SS 006 … 2010.02.01~2010.03.07まで公開
- 世界中の時を止めて抱きしめたい
弁慶×望美(弁慶誕生日企画)<無印ルート:秋の京>
「弁慶さん見ませんでした?」
最初に問われたのは、中庭で洗濯物を取り込んでいた景時。
「んーと、弁慶なら、ちょっと前にそこを通り抜けて行ったのを見たかな?」
応じた声に礼を告げ、望美は慌しく走り去る。
ふわりと風を起こして去る姿に一瞬見惚れた後、景時は小さく何事かを呟き、再び洗濯物へ意識を戻した。
「あーつもーりさぁぁぁん」
「神子?」
両手を口元にあてて呼びかけてきた望美を見下ろし――そう、文字通りに屋根の上から見下ろした敦盛は、危なげない様子で屋根の縁まで寄ると、無造作にそこから飛び降りた。
小さな土埃だけをあげて着地した敦盛の隣に、ふっとリズヴァーンも姿を現す。どうやら望美には見えなかったが、敦盛と共に屋根の上に居たようだ。
「どうした神子。何かあったのか?」
リズヴァーンと敦盛を等分に見遣り、望美は景時に投げたものと同じ質問を告げる。
「あの、弁慶さんを見ませんでしたか?」
「弁慶殿ならば、母屋の方へ渡って行くのを見たと思う。リズ先生、どれ位前でしょうか」
「そうだな……四半刻も過ぎてはいない筈だ」
太陽の位置を確認したリズヴァーンが答えるのに、望美は深々と頭を下げた。
「ありがとうございますっ。屋根上でのお昼寝を邪魔してすみませんでしたっ」
短衣を翻して走り去る様子を見守った二人は、ふっと視線を見交わして笑いあった。リズヴァーンが何事かを言い、それに敦盛が穏やかに応じる。
そして二人は、再び屋根の上へ戻り、暖かな日差しを享受するのだった。
あまり来る事の無い母屋を歩いていた望美は、途中でヒノエと擦れ違う。
「あ、ヒノエくん」
「望美? 珍しいな、こっちに来るなんて。もしかしてオレに会いに来てくれたとか?」
甘い囁きを投げかけられ、望美は困ったように眉を寄せる。
そうじゃない、と答えるのは簡単だが、あまりきっぱりと否定してしまうのも、ヒノエの笑顔があまりにも嬉しそうだったので躊躇われたのだ。
しかし察しの良いヒノエは、望美が一瞬だけ彷徨わせた視線から全てを察し、苦笑しながら彼女の頭をくしゃっと撫でた。
「馬鹿だな。気を使う必要なんかないんだぜ? で、姫君は誰を探してるんだい」
「……ごめんね。弁慶さんを探してるんだけど」
見なかった? と首を傾げると、ヒノエは不仲――というわけではないが、何かと張り合っているに等しい叔父の名前が出た事に、ふん、と小さく鼻を鳴らした。
「ああ、厨で会ったぜ。譲に頼まれていた薬草を渡しに来ていたけど。……ああ、そうだ」
思い出したように、上着の隠しから小さな包みを取り出す。
「さっき譲がくれたんだ。試作品の菓子らしいぜ。姫君にやるよ」
そう言って、有無を言わさず、彼女の手のひらに包みを乗せてやる。
「えっ、でも……」
「探し人で疲れてるんじゃないの?」
望美の額に薄く浮いた汗を、ヒノエは己の着物の袖口で優しく拭ってやる。
「疲れたときは甘いものでも食べて元気を出しな。それじゃ、またな」
ヒラリと手を振り、ヒノエは歩き去る。
「全く、――――………だよな」
風に乗って途切れ途切れの呟きが望美の元に届くが、内容は判然としない。
振り返りもせずに遠ざかる背から視線を反らすと、望美はヒノエが教えてくれた場所へ向けて歩き出した。
そうやって厨で譲、朔そして白龍に。
母屋を後にする途中で擦れ違った将臣に。
庭から更に奥――普段、剣の稽古に使う場所あたりまでも遠征してみるが、弁慶の姿は見当たらない。
「もう諦めようかな」
一緒に探そうか、と言ってくれた朔や白龍の言葉を断ったのは、本当は弁慶に用事などないからだ。
(ただちょっと……会いたかっただけ、なんだけどな)
こつん、と足先に当たった石を蹴り飛ばす。ごく軽い力だったので、数度弾んだ後は力なく転がって行く。そして最後、ざくざくと土を踏み鳴らして歩いてきた人物の足に当たって止まった。
「――なんだ?」
訝しげに足元を見下ろした九郎は、小石が来た方向に視線を向け、その先に佇む少女を認めると緩く笑顔を浮かべた。
「ん? 望美も鍛錬に来たのか?」
「いえ、弁慶さんいないかなぁって探してたんですけど」
反射的に、今日何度も繰り返した言葉を口にしてしまう。
(あああ、もうやめようって思った筈だったのに!)
内心で自己嫌悪する望美だが、九郎からはあっさりと「そうか」という返事が返ってくる。
「弁慶なら、さっきまで一緒にいたぞ」
「え?」
「傷薬の手持ちが少なくなったから、部屋で調合すると言っていたぞ」
行ってみたらどうだ、と笑う九郎に走り寄った望美は、ぎゅっと彼の手を握り締めた。
「うわっ、な、な、なんだっ!」
「ありがとうございます、九郎さん。行ってきますね!」
華やいだ笑みと共に望美は九郎の手を離し、邸の方へと走り去った。
「おい、転ばないように気をつけろ!」
「分かってます~!」
肩越しに振り返って応じる声に、九郎は心配から漏れそうになる溜息を噛み殺した。
「本当に、あいつは見ていて飽きないな。くるくると表情がよく変わって、それに――」
無意識に口走った九郎は、独り言になってしまっている事に気付いて頬を赤く染めた。
言いかけた言葉はそのまま胸中に閉じ込めて、雑念を払うように軽く首を振り、九郎は愛用の太刀を構えるのだった。
そして鍛錬を終えた夕刻、六条堀川に残してきた仕事を片付けるため景時の邸を後にした九郎は、隣を歩く弁慶に、思い出したように問いを投げかけた。
「なぁ弁慶。そういえば望美とは会ったか?」
「え?」
予想もしていなかった九郎の言葉に、思わず弁慶の足が止まる。
「今日は望美さんには会っていませんが、どういうことですか?」
逆に強い口調で詰問され、九郎は僅かにたじろぎながらも、昼間、望美と出会った時の事を話す。
「昼間、望美がお前を探していたんだ。それで、丁度別れた直後だったから、弁慶は部屋で薬を調合しているはずだ、とあいつに伝えたんだ」
九郎の言葉に、弁慶は迷い悩む時の癖で、片手を額にそっとあてた。
「いえ……確かに薬は作ろうと思いましたが、材料が足りなかったので、近くまで薬草を集めに行っていたんです」
「なんだと? じゃあ、すれちがいだったわけか……」
「そうなりますね」
ふ、と溜息をついた弁慶は、立ち止まっていた足を再び動かし始める。早足に九郎に追いつき、追い越して――振り返りもせず、穏やかな声を紡ぐ。
「九郎。置いていきますよ」
そう言いながら進む足先が向かうのは、六条堀川。
「いいのか? あれほど必死で探していたようなのに」
「よくはありません。ですが、仕事を放り出すわけにはいきません」
九郎の見つめる先で、弁慶はほんの僅かな焦りを語尾に滲ませながら早口に応じた。
今、九郎が弁慶に問いかけた言葉は、表現は違えども、今日望美が出会った八葉たちが等しく抱いた感想だ。
景時は、真っ直ぐに弁慶を探す姿を可愛いと感じた。
敦盛とリズヴァーンは、神子は弁慶を大事に想っているのだな、と微笑ましく思った。
ヒノエは、自分もああやって望美に求められたい――と、ささやかに嫉妬した。
そして九郎は、珍しく表情に焦りを滲ませた弁慶に、驚きと――その変化をもたらした望美に、感謝のようなものを覚えるのだ。昔はよく怒り、よく笑った『荒法師』弁慶は、いつの間にか感情を顕わにする事が減った。勿論、全く無いというわけではないが、一軍の軍師という立場になって以降は、思った事をそのまま表現するということはどんどん少なくなっていた。
だが望美の前だけでは違う。少しずつ素の自分自身を、彼女の前では晒しているように九郎には感じられていた。その変化を、九郎は好ましく思っているのだ。
「……九郎」
「なんだ、弁慶」
「どうしても今日中に必要な書類しか片付けませんよ。いいですよね?」
「ああ、仕方ないさ。明日頑張る事にしよう」
微笑んだ九郎は同意の頷きを返し、弁慶に合わせて足を速めた。
軽い、だが少しどこか沈んだ音色に聞こえる足音が、京邸の透廊に響く。
「結局会えないままだったな」
夕餉の時刻こそは会えるだろう、と思った望美だったが、九郎と弁慶の二人は六条堀川に戻った――と聞かされ、微妙に落ち込んでいた。
丸一日会わない日だって珍しくは無いのに、どうして今日はこんなに会いたいと思うのか。
探し始めにすれちがい続けた事で意地になったのかも知れない。それとも、もっと何か、己が自覚しない強い思いがあったのか。それは分からないけれども、胸中に満ちる寂しさだけは本物で、望美はとぼとぼと自室向けて重い足を進めていた。
その足音に、異なる響きのそれが重なった事に気付き、望美はのろのろと視線を上げる。この先には、自分の使っている部屋しかない。誰か自分に用事でもあったのだろうか、と暗闇を透かすように目を細める。
最初に目に入ったのは、真っ白な足袋と袴。そして闇夜に溶けるような黒い外套。
「――べ、んけい……さん?」
ずっと探していた人の姿がそこにあって、望美は幻ではないかと手で目元を擦る。
「よかった、探していたんです」
穏やかに笑いながら近づいてくる影は本物だ。望美は一気に距離を詰め、走りこむ勢いそのままに腕を伸ばし、弁慶の胸元に飛び込んだ。
「望美さんっ!?」
驚きながらも細い肢体をしっかりと受け止め、弁慶は己の胸元に顔を埋めた少女の肩を黒外套で包み込むようにしながら抱き締めた。
「どうなさったんですか? ……九郎から、君が僕を探していたと聞いたのですけれど、何か急ぎの用でしたか?」
「ううん」
顔を伏せたまま、望美はふるふると首を左右に振った。指先が、彼の背を覆う布を強く握り締める。
「用事なんか無かったの。ただ私が、弁慶さんに会いたかっただけ。それだけなの」
頭上で弁慶が息をのんだ気配を察し、望美の胸がつきんと痛む。
探していた、と言ってくれた。
外は既に月が昇るほどの時刻だ。弁慶の私室は京邸にも用意されているけれど、普段は六条堀川で起居している。つまりは、わざわざ望美を探すためだけに戻ってきてくれた、ということ。
それに気付き、嬉しさよりも、弁慶に迷惑をかけてしまったという悔悟が胸を苦しくする。
「ごめんなさい。くだらない事で、弁慶さんの時間を使わせちゃって」
「いいえ。くだらなくなんかありませんよ」
自嘲気味に呟いた望美の言葉が、厳しい声で否定される。
恐る恐る上げた視線が見つけたのは、その声を裏付けんばかりに眉を寄せた弁慶の顔。
その琥珀色の瞳は、望美の視線と重なった途端、射抜くような強さで見据えてきた。目をそらす事が出来ずにいる中、弁慶は瞬きもせずに翡翠色の瞳をじっと見つめた。
「くだらないなんて事は、無いんです」
望美に言い聞かせるように繰り返し、弁慶は望美を抱き締めていた腕を離し、代わりに彼女の頬を両手で包み込んだ。大きな手のひらが滑らかな頬を撫で、男にしては細いけれどしっかりと関節が骨ばった指が、髪をさらりと選り分けて首筋をなぞる。ぞくりと背筋を寒気に似たものが駆け上がり、望美は掴んだままだった弁慶の外套を握る手に力を込めた。
「九郎から、望美さんが僕を探していたと聞いた時、どれだけ驚いたか。そして、君が僕を探してくれた理由が、僕に会いたかっただけだ、という事が……どれだけ僕を喜ばせたか、君は分かっていませんね」
弁慶は望美の顔をやんわりと引き寄せながら、同時に己の顔も近づけて行く。
ゆっくりと、確実に狭まって行く彼我の距離に耐えかねて、望美が瞼を閉ざす。その目尻に、頬に、触れるだけの口づけを落とした後、弁慶は喘ぐように震えた唇の呼気を奪い取る。
「六条堀川で仕事を片付けている間、君のことしか考えられませんでした」
啄むように唇を合わせる合間に囁く言葉は、最早望美の耳には意味のある言葉としては届いてこない。ただ甘い響きの吐息として、彼女の鼓膜を揺らしていく。
「君はいけない人ですね。言葉たった一つで、僕の心を簡単に奪い去ってしまう」
繰り返し吸われ、息苦しさに開かれた唇の合間へ弁慶は容赦なく忍び入った。静まり返った透廊に小さく濡れた音が染み渡って行く。
深く長い口づけの後、膝の力が抜けてしまった少女を弁慶は軽々と抱き上げる。不安定な姿勢に、慌てて首筋にしがみつく様を可愛らしく思いながら、弁慶は優しく望美の名を呼んだ。
「――ねぇ望美さん。だから、この責任は……取ってくださいね」
首筋まで真っ赤にして俯く望美の耳元へ、弁慶は甘い毒に似た言葉を注ぎ込むのだった。
||| 拍手掲載時のあとがき |||
弁誕企画なので拍手お礼SSも弁慶ですよー、というわけで。
最初オールキャラにしようかと思ったのですが、くどいのでやめました。
望:あ、あのっ!
弁:なんでしょう?
望:責任って、ど、どうすればいいんですかっ
弁:それは君と僕との間の……秘め事です、よ
望:ひめ…?
弁:秘密、という意味ですよ。(それだけではないですけどね)
というわけで、続きは神子様のお心にてご想像下さいv
