拍手御礼再掲

拍手御礼SS 003 … 2009.12.06~2009.12.31まで公開

- それは秘密の思い

九郎×望美


「あれ。今日は九郎さん、いないんですか?」
 景時と弁慶が書類を片付けている一室へ茶を運んできた望美は、それぞれに茶碗を渡しながら首を傾げた。
「ええ。今日は六条堀川の方にいますよ」
「九郎に何か用事でもあった?」
 穏やかに応じたのは弁慶で、不思議そうに首を傾げたのは景時だ。
「別に用事って言うわけではないんですけど、ただ会いたかったなぁ、とか…――あっ」
 ほろりと漏れた本音に、望美はぱっと手で口を覆った。
「い、今のは聞かなかった事に……」
 ちらっと見上げた先で微笑む軍師は、相変わらず食えない笑みを浮かべていて、その琥珀色の瞳が一瞬楽しげに輝いたのを見てしまった望美は、反射的に身構える。
「そうですねぇ。聞かなかった事にして差し上げてもいいですけど、高いですよ?」
「べ、弁慶!?」
 慌てて仲裁しようとした景時を片手で制しておいて、弁慶は言葉を続けた。
「僕、忙しくて今日は六条堀川に戻れそうもないんですよ。ですから、お使いを頼まれてくれませんか?」
 そう微笑んだ弁慶の笑顔は、当然のように望美に否と言わせない雰囲気を纏っており、景時の謝罪の視線の中、望美は頷くしかなかったのだった。

 半刻ほど後、望美は六条堀川の邸内をぽてぽてと歩いていた。邸に仕えるものの案内はない。何度も訪れていて場所は分かっているし、一応九郎と望美は『許婚』という事になっている。二人の邪魔をしようという者は、六条堀川にはいないのだ。
 九郎の私室前で立ち止まると、御簾越しに声をかけた。
「九郎さん、望美です」
「なっ……の、望美!?」
 激しく慌てている様子が薄い御簾越しに伝わってくる。
「弁慶さんから預かりものをしてきたんですけど、入っていいですか?」
「いや! 駄目だ」
 御簾に手をかけた望美を制するように、ぴしりと尖った声が飛んでくる。
「預かりものが何かは知らんが、そこに置いてくれればいい」
「いーえ、お断りです。ちゃんと手渡すようにって言われてるんです。渡せなかったらお仕置きらしいんで、全力で回避させていただきますね」
 入りますよ、と再度声をかけてから、望美はするりと御簾を潜り抜けた。
 部屋の片隅に背を預けるようにして座っていた九郎は、望美が近づいてくるのをじっと見ている。だが、どこか不自然な姿勢で座っている。両手を後ろに回し、何かを隠すような体勢だ。
「九郎さん。手、出して下さい」
「駄目だ」
「もう。『手渡し』って言われたって言ったでしょ? それにねぇ……」
 九郎の隣に膝をついた望美は、携えていたものを床に置くと、そおっと九郎の腕を掴んだ。
「全部弁慶さんから聞いていますから。隠さないで下さい」
 望美の言葉に、ふっと九郎の腕から力が抜けた。望美の動きに応じて現れた九郎の骨ばった大きな手は、白い布できっちりと覆い隠されている。
「知られていたのか」
 溜息をついた九郎は、隠していたもう片方の手で前髪を掻き揚げた。そちらの手も、ほぼ同じように白布が包み込んでいる。
「うん。……九郎さんってば私にはいつも無茶するなっていうのに、自分の方こそ無茶するんだから」
「すまないな」
「謝って欲しいわけじゃないよ。ただ、黙ってるなんて水臭いじゃないですか」
「あまり格好いい理由でもないからな」
 そういって九郎は苦笑するが、望美はそんなことはない、と首を振った。
 弁慶から言い付かった『お使い』は、九郎の手当てと世話をする事だった。持たされた傷薬の包みを開いた後、望美は九郎の手を覆う白布を解いていく。右手、続いて左手と布を解く。
「風で煽られた松明が落ちそうになったのを、手で掴んでしまったって聞きましたよ。確かにうっかりさんだと思いますけど、床に落ちていたら間違いなく火事になっただろうって景時さんが言ってました」
 風の強い日に火事が起きたらなにが起こるかは、望美にだって容易に想像がつく。現代のように消火設備が整って居るわけでもないのだ。昔の消化は、燃える建物を壊して延焼を防ぐのが精々で、燃える火を消す手段はないに等しいのだ。
 源氏の拠点である六条堀川を火災で失うわけにはいかない。九郎の行動は確かに迂闊かもしれないが、強く咎める事が出来ないのも事実なのだ。
 布の合間から現れた痛々しい傷に、望美の眉が悲しげに寄る。左は然程でもないようだが、右手は手のひら全体が真っ赤になっていて、所々に火傷による水泡があった。
「痛い、よね」
「使おうとしなければ、大した事はない」
「治るまで、剣の稽古禁止ですからね」
「……仕方あるまい」
 納得しているのだろう。九郎も素直に頷く。
「書類のお仕事も」
 ちら、と文机を見遣って続けると、九郎は僅かに視線を反らした。
「――善処する」
「善処じゃなくって、弁慶さんと景時さんに押し付ければいいんです。後は……」
 なんだろう、と望美は首を傾げつつ、弁慶から預かってきた薬を手早く付けていく。
「……よく分からないけど、とにかく手を使わないで下さいね。約束ですよ」
「分かった」
 望美の強く訴える視線に負け、九郎は頷いた。実際には生活の中で手を使わないことなど無理に等しいのだが、彼の諾意にぱぁっと表情を輝かせる望美を見ると、まぁいいか、と納得してしまうあたり、九郎も大分神子にベタ惚れなのである。
 くるくると、存外器用に手当てをしていく望美を見下ろしながら、九郎は思ったままの感想を口にする。
「大分手当ても慣れてきたな」
「あはは、私、怪我多いですから~。弁慶さんが自分で手当てできるようにって仕込んで――じゃない、特訓してくれたんです」
「そこは自慢するところじゃない」
「でも、今役立ってるじゃないですか。あ、出来ましたよ九郎さん」
 手に巻いた布の端をきゅっと結び終えた望美は、両手で手を捧げ持つと、前触れなく九郎の指先に口づけた。右手、続いて左手と小さく濡れた音を立てて離れた唇が、照れくさそうに笑いながら、願いの言葉を呟く。
「九郎さんの怪我が、早く治りますように」
 真っ赤な顔に笑顔を浮かべつつ己を見上げた望美の頬へ、九郎はゆっくりと自分の手を沿わせた。手のひらは触れると痛いので、指先だけで彼女の輪郭をゆっくりと辿る。
「白龍の神子のまじないだ、よく効きそうだな」
「ふふ、勿論です。お祈りだけじゃなくて、治療の手伝いもちゃんとしますからね」
「手伝い? 今してくれたじゃないか」
 手当てを、と言って首を傾げた九郎に、望美はもう一つ携えてきた――薬が入っていたものよりも大分大きな包みを示した。
「怪我が早く治るようにって、譲くんと朔が、滋養のつく料理を持たせてくれたんですよ」
「ああ、それは有難いな」
 九郎の目元に喜色が滲む。
「譲の作る飯は美味いからな」
「でしょー? 自慢の幼馴染ですよ」
 にこにこと望美は包みを解く。現れた白木の二段重ねの箱の蓋を開ければ、色合いこそ地味だが、栄養を考えて作られた料理の数々が現れる。早速、添えられていた箸に伸ばした九郎の手は、望美の手が先にそれを取った事であえなく空を切る。
「望美?」
「手を使ったら駄目ですよって言ったでしょ」
 嗜めるような表情で九郎に告げた望美は、箸を持つのとは逆の手で白木の箱を示した。
「だから食べさせてあげます。どれがいいですか?」
「…………はっ?」
「聞き返さないで下さいよ!」
 かっと頬を赤く染め、望美は箸を握り締めた。
「すっ、すまん!」
 つられて九郎の顔も赤く染まる。
 お互いに真っ赤な顔で俯き、無言で白木の箱を見詰めていたが、やがて先に動き出したのは九郎だった。
「……玉子焼き」
「え?」
「その、玉子焼きを……、だな」
 より赤く染まった顔で呟いた九郎をぽかんと見遣り、それからやっと言葉の意味を理解したように望美の顔に笑みが浮かんだ。
「うんっ!」
 少しだけ震える箸先で譲特製の玉子焼きを摘まみ上げ、片手を添えて九郎の口元へと差し出す。恥ずかしいからか、無言で差し出された料理を、九郎はぱくりと一口で飲み込んだ。ゆっくりと咀嚼し、ゆるりと笑む。
「美味いな。野菜が入っているのか」
「鉄分がどうとか言ってましたけど、多分私も九郎さんも良く分からないと思うのであまり詳しくは聞きませんでした」
「鉄……? 刀に使うものでもはいっているのか?」
「違いますよ」
 ある意味予想通りの台詞に、望美は声を上げて笑った。
「栄養素でそういうのがあるですけど、私、上手く説明できる自信ないので気にしちゃ駄目です。次は? どれにしましょう」
「ん、じゃあそっちの煮しめを」
「はぁい」
 いそいそと箸で取り、再び九郎に差し出す。素直に口を開いて食べる彼の姿に、望美は先程まであった恥ずかしさが消え、嬉しさと、九郎への愛しさが募るのを感じる。
 次々と、九郎の望む食べ物を彼へと食べさせながら、望美はぽつりと呟いた。
「手が治るまで不自由だと思うけど、でも他の誰にも……こんな事させないで下さいね」
「馬鹿。させるわけないだろう。こんな恥ずかしい事、お前だけで十分だ」
 ぶっきらぼうに告げられる言葉は、九郎の照れ隠しだと知っている。だから望美は満足して頷いたのだが、続いて告げられた言葉に驚いて目を瞠る。
「違うな。――お前だからこそ、嬉しいとも思ってしまうんだろうな」
 九郎は優しく目を細めて笑った。綻ぶような笑顔は、まるで春の日差しのように温かい。
 不謹慎だが、たまに怪我をするのも悪くはない。そう思ってしまったことは、九郎の一生涯の秘密になるのだった。


||| 拍手掲載時のあとがき |||

九郎×望美の拍手御礼SSのシチュエーション募集をmemoのほうでしまして、それで一番最初に頂いたリクエストを元にして書いてみました。
怪我をした九郎さんを甲斐甲斐しくお世話する望美ちゃん、というものです。
長さの問題で、九郎さんちのお邸にいる人たちが微笑ましく見る…という部分は入れられませんでしたが、実はもう一つ頂いてる拍手シチュリクが、割と周囲の目が多い場所での話になるので、周りからの羨望視線(違)は、そっちに回させていただこうかな、というのもあったりします。まぁ…諸都合で「次」は来年になりますが。
最後になりますが、拍手をお送りくださった皆様も、本当にありがとうございました♪

「そ、そのなんだ。怪我が治ったら、礼は必ずするからな。
…街に、お前の好きな甘味でも買いに行くか?」

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