拍手御礼再掲
拍手御礼SS 002 … 2009.11.14~2009.12.05まで公開
- 静かなひととき
弁慶×望美<京邸にて>
――珍しい。
その光景を見た時、望美はぽかんと口を開いて立ち尽くした。
「弁慶さん、いますか?」
借りていた書物を持って、弁慶の秘密の小部屋――いや本当は秘密でも何でもないのだが、なんとなくそう呼びたくなる雰囲気を醸し出している一室を覗いた望美は、首だけをのぞかせた姿勢でぴたっと硬直した。
うららかな陽射しの差し込む室内で、林立する本に囲まれた弁慶がうたた寝をしていた。左手には書物が半ば開いた状態で握られていて、どうやら本を読んでいる最中だったようだ。
「あれー…。寝てる、んだよ……ね?」
ゆっくりと弁慶の傍へ歩み寄り、じっと様子を窺う。
息を潜めるならともかく、気配を殺せるようにまでなってしまった自分は、どんどん普通の女子高生から遠ざかっているなぁ、などとぼやきつつも、特技が増えた事には感謝するべきかも、と思いなおす。
(おかげで、ちょっと珍しいものが見られたわけだし)
他人の寝顔を見る機会など殆どない。精々あったとして、家族以外では幼馴染の二人くらいだ。修学旅行とかでもクラスメイトの寝顔は見るかもしれないが、普通寝るのは夜で、真っ暗闇の中だ。こんな明るい場所で、誰かが寝ている姿というのは新鮮この上ない。
(しかも「あの」弁慶さん、だよ)
柔和な笑みを欠かさない彼は、望美が落ち込んだりしている時には、どんなささやかなことでも的確に気がつく癖に、本人の弱音だとかそういったマイナス要素の事を他人に見せる事はない。いつでも笑顔と優しげな言葉で武装して、周囲をガチガチに固めているように見えるのだ。だから、弁慶のこれほどに無防備な様子を見るのは本当に初めてで、思わず胸が高鳴る。
(睫ながーい。キラキラしてる)
入り口から忍び込む光が、弁慶の顔を明るく照らしていて、薄い色素の髪は、まるで黄金のように輝いて見えていた。
少し迷った末、音を立てないように本をかたし、弁慶の隣へと腰を下ろす。綺麗なものを愛でるのもいいが、どう考えても陽射しがあたるのは眩しそうな気がしたからだ。自分の身体を日除けにして弁慶の安眠を守る望美は、じわじわと注がれる日光の温もりに眠気を感じて欠伸をする。
「ねむ……」
少しだけ、と思って目を閉ざせば、弁慶の静かに奏でる寝息が、更に大きく聞こえるような気がした。
(今日、誰もいないしなぁ……邸も静かなはずだよね)
まるで世界に二人きりのようだ。
そんな風に考えて思わず照れた瞬間、不意に肩へ、そして足元へと感じる何かの重み。驚いて目を開けば、隣にいたはずの人物の頭が、何故か己の膝上にころんと転がっていた。
いわゆる膝枕――である。
「ちょ、弁慶さんっ」
小声で名を呼ぶが、規則正しい寝息は崩れることなく彼女の眼下から続いていて、まだ彼が夢の園の住人である事を知らしめる。
(わ、わ……どうしよう!)
動いたら、きっと彼は起きてしまう。
かといってこの状況が続くのは――自分の心臓に宜しくない。
それでも衝動に誘われるように、そおっと手を弁慶の頭に添える。幼い頃、母の膝枕で過ごした時の感触を思い出しながら、ゆっくりと彼の黒布に覆われた髪を撫でる。
(お願い。もう少しだけ、起きないで)
こんな風に触れることなど、きっと一生出来ないのだから――。そう思いながら、目を閉じて優しく手を動かし続けていたら、いつの間にか望美の元にも睡魔の囁きが訪れる。元々眠気を誘われていた事に加え、膝上に感じる温かさが抗い難い誘惑を差し伸べてくるのだ。
そして程なく、静かな室内に二つの寝息が漂い始めた。
――僕は一体、何をしたのでしょうか。
頭脳明晰を自認するはずの彼は、珍しく本気で狼狽していた。
陽気に誘われるようにうたた寝をしてしまった彼が目覚めた時、なんだか随分と頬に触れるものが柔らかい。という事に戸惑った。
(確か本を読んでいてそのまま寝てしまったはずですが……)
ちゃんと室に戻って褥で寝たのだろうかと目を開けると、視界に飛び込んできたのは丸く整った形の膝小曽。
こんな風に肌を露出している人を、彼は一人しか知らない。そろり、と顔を傾ければ、彼の視界に飛び込んできたのは白龍の神子の寝顔。俯くようにして寝息を立てる少女の手は弁慶の頭と肩あたりに添えられている。その様子から、どうやら彼女がこの状況に嫌がっているわけではなさそうだと察し、知らず安堵の息が漏れる。
更に視線を流せば、望美に貸していたはずの本が転がっているのが見える。
(本を返しに来て、僕が寝ているのを見て……そして?)
一体なにが起きてこうなったのか、弁慶自慢の頭脳でも答えが出てこない。
今すぐに起きるべきだ、彼女を解放するべきだ――そう思いながらも、少し傾いた陽射しはまだ温かく、そして触れ合う肌から伝わるぬくもりは、それ以上に心地よくて。
(もう少しだけ、君を独り占めしてもいいですか?)
彼女が起きた後の事はまた後で考えようと決めた弁慶は、緩やかに笑みを浮かべて目を閉じた。
||| 拍手掲載時のあとがき |||
拍手御礼SSアンケートで1位になった弁慶×望美のSSです。
膝枕が書きたかっただけなんです、ええ!(力説)
ご投票くださった皆様、ありがとうございました。そして拍手送信もありがとうございました。
||| memoより後日話再掲 |||
「重くないですか?」
彼女の顔を見上げて問いかければ、ゆるゆると顔を振って否定の言葉が降ってきた。
「い、いえ!そんなことは」
「本当に?」
「はい。ただ、ええと、その…」
もじもじと言い澱む姿があまりにも可愛らしくて、思わず笑みが口元に浮かぶ。
「なんでしょう」
「いつまで、こうしていればいいんでしょうか」
困惑の声も理解出来る。
だって、僕の頭はまだ君の膝の上で、柔らかな感触を堪能させてもらっている。
『もう少しだけ、甘えさせてくださいませんか?』
そうねだったら、君はどう答えてくれるのかな。
。
